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2006年3月

2006年3月24日 (金)

見直される武士道/「国家の品格」100万部突破の影響?

●毎日新聞にこんな記事が掲載されていました。

オヤジと武士道
 <はたらく人のおもしろ本音>

 「武士道」が最近、脚光を浴びている。証券市場を舞台に繰り広げられた若い経営者の猛進劇と過ちは、日本人の美しい精神風土への回帰を促す格好の材料となったようだ。

 「義」「勇」「仁」など、武士道の精神なんて古臭いことを……。数年前なら確実に笑い飛ばした私。でもチョット待てよ、と思いなおす今日このごろなのだ。

 多くの人の流れが交差する主要駅の構内。少しタイミングを誤ると、すぐに誰かとぶつかる。先日もそうだった。目の前の若者が急に方向転換し、私の歩みが少しもたついた。そのときだ。真正面からわき目も振らず突進してくる一つの影。「あ、やられる」

 ものすごい勢いで右肩をどつかれ、転びそうになる。振り返ると、やっぱりオヤジだ。そう。猪突(ちょとつ)猛進、絶対に道を譲らないのは、なぜかいつもオヤジなのだ。

 道を譲る思いやりの心、いたわりの心はいずこへ。「武士道」って、あなたたちが語り継いできた、専売特許の精神なんじゃないの?

 あるベストセラー書が、日本人の「美しい情緒と形」の大切さを説いていた。多くの読者同様、私も共感。オヤジとすてきなおじさまの境界線は「品格」にある! 若者に礼儀を問う前に、その見本となるべきオヤジさんたちよ、自分の品格について、今一度、考えてみておくれなさいまし。(れこ)

毎日新聞 2006年3月20日 東京朝刊

僕の感想

オヤジというと50代〜60代位の年代をいうのだろうか?この記者の勘違いは、この世代は「団塊の世代」で、その前の世代の価値観を否定した人たちが年を取って「オヤジ」になった、ということだ。つまり、今のフツウのオヤジは、世代的に「武士道」など否定してきた人たちなのである。

「武士道」を体現した人物など、いまや日本中を探してもまず見つからないだろう。

竹本忠雄氏が紹介しておられた話だが、アンドレ・マルローが、昭和天皇に拝謁した際、武士道の話を熱心に語ると、昭和天皇が、「あなたは一人でも武士に会いましたか?」と仰せられたという。

この記者にも、武士道精神のないオヤジを批判するのもよいが、武士道精神のある男に見合う、大和心を持った女をも見直して欲しいもの、と思われた。結局、世界最高の女性であったやまとなでしこがいなくなったことと、武士道精神を体現した男がいなくなったことは、一対の事柄なのだということも、やがて気付かれるようになるだろう。

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2006年3月 8日 (水)

皇室の伝統を守る一万人大会

3月7日(火)、東京・武道館にて開催された、「皇室の伝統を守る一万人大会」について、毎日新聞がやや詳しく報道しています。

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060308k0000m010046000c.html

平日の午後という出にくい時間にも拘らず、13000人満杯という大盛況になったことは、主催者側の努力も去ることながら、国民の関心が如何に高いかということを証明したことになるでしょう。時間帯の設定が国会の開催状況をにらんだものであったこともあると存じますが、本人が86名、代理を含めると実に160名以上の国会議員が出席されました。堂々たる国民大会だったと存じます。大会決議には、今回の問題の焦点となった「女系」「長子優先」という皇位継承の伝統破壊を許さないというだけでなく、戦後六十年間放置されてきた様々な皇室制度の不備を解決していくという方向性が示されていました。また、皇室についての基本的な正しい知識が普及していない現状は、教育現場で教えられて来なかったことに基本的な問題があることも指摘されています。今の天皇陛下が百二十五代だということを知らず、知って驚く若い人も少なくありません。また、歴代天皇方が常に国安かれ、民安かれと祈り続けて来られたということも、知らないのです。これでは、なぜ天皇が「日本国及び国民統合の象徴」であらせられるのか、わかりません。戦後六十年の空白を取り戻すことは、喫緊の課題といっても良いでしょう。本当の意味で皇室をお守り申し上げる戦いは、まさにこれからが本番であると言っても過言ではないように思います。

以下、3月7日大会の当日パンフレットから転載してご紹介させて頂きます。

皇室の伝統を守る国民の会
 The National Association to Respect Tradition of the Imperial House
「万世一系の皇室は世界に誇る宝です この大切な伝統を国民の力で守りましょう!」

■設立趣意書

 百二十五代、二千年以上続いてきた日本の皇室は、世界に比類ない歴史と伝統をもっています。世界に多くの王室がある中、我が皇室は、その淵源が神話にまでさかのぼる最古の存在であり、しかもその皇位が今日まで断絶することなく男系により継承されてきました。その歴史的事実は、まさに世界の奇跡であり、私共日本人の誇りでもありましょう。

 この度、四十年来、皇位を継承されるべき男性皇族のご誕生がないため、安定的な皇位の継承を可能にするための制度を確立するとして、「皇室典範を考える有識者会議」は、女性・女系天皇の導入と皇位継承者の長子優先を柱とした改正案を報告しました。

 ところがこの改正案は、男系による皇位継承の伝統を大きく改変する制度の導入であり、各界識者や国会議員より、拙速な改定に慎重な意見が相次いでおります。こうした中、今秋、秋篠宮家に第三子がご誕生されるというご慶事が訪れ、政府・与党内にも慎重な議論が必要との判断が出されていることは、誠に多とすべきであります。

 歴史を翻れば、百二十五代の間、幾度か男系による皇位継承の断絶の危機に直面したことがありました。しかし私共の祖先は、多くの叡智と努力を傾けてこれを乗り越え、万世一系の伝統を守りぬき、天皇陛下を中心として、国の発展が図られてまいりました。

 私共は、過去の祖先の努力に学び、現在の私共が直面している皇位継承の危機を乗り越えなければなりません。そして皇室のご存在の意義を広く啓発し、国民一人一人が関心を寄せ国民的議論を起こすことによって、百年先、千年先のより良い日本の将来を築く契機といたしたく願っております。

 ここに、各界各層の皆様方のご賛同を得て「皇室の伝統を守る国民の会」を設立し、多くの国民の叡智を集めて、伝統に基づく皇位継承制度を確立し、もって世界に誇るべき万世一系の伝統を守ってまいりたく存じます。

平成十八年二月吉日

■大会決議(案)

 我が皇室は、百二十五代、二千年以上にわたって断絶することなく男系によって皇位を継承し、その淵源が神話にさかのぼる世界に比類なき存在である。しかるに今般、政府は、「皇室典範に関する有識者会議」の報告に基づき、女系天皇の導入及び長子優先主義の採用という、皇位継承の伝統に重大な変更をもたらす皇室典範改正を行おうとしている。

 幸いにも、本国会への皇室典範改正案の上程については、拙速な改定に反対する各界有識者および国会議員の声の高まりと秋篠宮家の御慶事を迎えたことにより、慎重な対応がなされるに至っている。

 顧みれば戦後六十年にわたり、皇室制度にかかわる様々な課題は不問に付されたまま今日にいたっている。今回の皇位継承問題を始め、宮家の存続や拡充、皇族方の教育制度、皇室に課せられる相続税を始めとする皇室経済の問題、皇室関係法規の不備など、皇室制度にかかわる解決すべき課題は山積みしている。これらの諸問題を抜本的に検討し、万世一系の皇室を磐石ならしめることこそ、いま我々国民に課せられた責務である。

 我々は、本大会をもって「皇室の伝統を守る国民の会」を設立し、過去に皇室の御慶事にあって様々な奉祝事業を推進してきた実績を踏まえ、皇室の伝統を守るために左の活動に取り組むものである。

一、万世一系の皇室の御存在の意義を踏まえ、男系による皇位継承を堅持すべく、具体的な提案を検討し提唱する。

一、皇室への敬愛の念を高めるため、政府に学校教育の内容充実を要望するとともに、来るべき天皇陛下御即位二十年奉祝事業など広範な国民運動に取り組む。

一、戦後六十年にわたり放置されてきた皇室制度の諸問題を抜本的に解決するため、皇室制度を検討する国会議員の会の設立を要望する。

右、決議する。

 平成十八年三月七日
                        皇室の伝統を守る国民の会

http://www.nipponkaigi.org/n/budoukan/budou-moushikomi.html
http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-272.html

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2006年3月 4日 (土)

神風

 秋篠宮妃殿下の第3子ご懐妊の朗報に、さしもの小泉首相も「女系容認」の皇室典範改定をごり押しできなくなり、長期戦戦術に切り替え、今国会での成立は断念されたというのが専らの話である。

 何人もの人から、「神風」が吹いた、という言葉を聞き、自分も実感としてそのように思った。

 「神風」とは、なんと時代錯誤な言葉だろう、とあきれる向きもあるかもしれない。しかし、死語でなかった。今回のこのご慶事を言い表す言葉として、「神風」ほど実感に即した言葉はなかったからである。そして、その言葉が自然に口をついて出たのである。

 思えば、「万世一系」という言葉も、久しく使われなかった。占領軍のプレスコードによって、超国家主義を鼓吹する言葉の一つとして使用を禁止されて以来、マスコミでも教育の場でも、この言葉はパージされてきたのではなかったか。世間一般においても、ともすれば忘れられようとしていた言葉だったように思う。

 ところが、有識者会議が面妖な報告書を出し、皇位継承の伝統に重大な改変がなされる、という危機が表面化して、俄かに「万世一系」という言葉が当たり前のように使われるようになった。日本の皇統を表現するのに、これほどシンプルかつ的を得た言葉が他になかった為もあるが、「万世一系」という歴史事実の重みが、60年の抑圧を撥ね退けて、現れ出たように思われ、すがすがしい思いがした。

 「万世一系」イデオロギー、という言い方を、皇室否定論者は使う。初代神武天皇から男系により一貫して継承されてきたという歴史事実は、断じてイデオロギーなどという死物ではない。言葉は明治につくられたものかもしれない。幕末の志士、吉田松陰が「万葉一統」という言葉で表現したところにその萌芽を見ることも出来よう。しかし、それは事実の確認であって、決して明治になって捏造したというものではない。

 伝統という概念は、近代と共に成立した、とはおそらく正しい説なのだろう。古来からの宗教や歴史・文化の流れを断絶させる近代という概念に対して、その継承を軸とする概念として伝統という観念が生まれたということなのだろう。そして、伝統という観念が成立し、そこで再構築がなされるということにもなる。それが「創られた伝統」という概念として、そもそも「伝統」などというものは、近代につくられたものなのだ、という説も出てくる。

 しかし、だからといって、「伝統」を軽視したり、無価値だとする意見は、「伝統」について知らぬものだといわねばならない。過去から営々と受け継がれてきた人間の営みの中にある珠玉のような真実を見出すことは、現代人の責務と言わねばならない。その責務を果たさずに、現代の価値観のみで過去を断罪するという姿勢は、やがて未来において現代の営みがさばかれるということを受け入れることである。そのような不毛が、所謂「進歩」主義にはつきまとう。過去は過去として完全な形をして目の前に厳然として存在している。それを現代の人間がどうこうすることは、分を超えた傲慢なのである。

 「万世一系」という伝統は、過去に対して謙虚になって無心に対した時に生まれた言葉である。それは明治維新の指導者たちが把握した日本の国家像である。

 「神風」から話がずれてしまったようだが、そうではない。

 幕末の歴史を知る人には、孝明天皇の妹君であられる和宮様をご存知であろう。徳川将軍家持に降嫁された姫君である。この反対運動が幕末の歴史に刻まれていることを忘れることは出来ない。公武融和のために、一身を投げ出されたのが和宮さまだった。

 この和宮様の御歌として、幕末の志士たちに伝わった歌がある。

 惜しからじ君と民との為ならば身は武蔵野の露と消ゆとも

 人皆の心の限り尽くしての後こそ吹かめ伊勢の神風

 一首目は一身を投げだしてのお覚悟を詠まれたものである。
 そして、二首目に注目して頂きたい。

 「神風」が詠まれているのであるが、神風は「人皆の心の限り尽くし」た後に吹くのではないか、というご感懐を述べておられるのである。

 このことは、昨年11月から今年1月にかけて、「女系容認」の皇室典範改定が既定路線として進行する中にあって、まさに「人皆の心の限り尽くし」て、「万世一系」の伝統をお守り申し上げるべく努力してきた後に、秋篠宮妃殿下のご懐妊という「神風」が吹いた、という一連のことに重なってくるように思われてくるのである。

 このことは、足利義満が、皇位を簒奪しようとした一歩手前において俄かに死神に魅入られたのと同じように、皇統を守る歴史の中に起った一つの奇跡なのだと思われる。

 しかし、奇跡を頼み、「神風」を頼んで、「心を尽くす」ことを怠ったのでは本末転倒であろう。

 皇室をお守りする責務は、これだけで果たされたとはいえない。占領軍が残したくびきを払拭することが、国の真の独立と永遠を願う国民のなすべき責務なのだ。

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