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2006年2月

2006年2月10日 (金)

後桜町天皇御製

後桜町天皇御製

寄民祝国  (安永十年)

民やすきこの日の本の国の風なほただしかれ御代のはつはる

 安永八年に、後桃園天皇が22歳の若さで崩御され、遡って東山天皇の皇子により創出された閑院宮家の祐宮さまが9歳で皇位を継がれた。第119代光格天皇である。

後桜町上皇は、幼帝の院政をおとりになり、天皇としてのご教育に当たられた。御歳40歳の頃のことである。

諒闇があけて、初めての正月を向え、詠まれた御製である。

「日の本の国の風」が「なおただしかれ」と祈られているのである。「御代のはつはる」とは、なんと清清しい表現であろうか。

最後の女帝、後桜町上皇の祈りが、光格天皇から仁孝天皇、孝明天皇、そして明治天皇にいたる歴史を切り開き、幕末を乗り切り、近代国家創出のエネルギーへと転化していったように思われてくる。

男系継承を守り抜いた後桜町天皇のご遺志をお偲び申し上げるべき時ではないかと思われる。

そして、平成の新井白石が出るべき時である。

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皇室典範改定問題は、今国会上程阻止が最終目標ではない!

時事通信が、自民党の勉強会が今月下旬を目処に発足させることとなった、と伝えた。
秋篠宮妃殿下のご懐妊とは切り離して、女性・女系天皇容認の皇室典範改正を論議するという。

(時事通信)2006/02/10-00:00
典範改正の勉強会、下旬発足へ=自民部会が確認
 自民党内閣部会(木村勉部会長)は9日、都内で役員会を開き、女性・女系天皇を認める皇室典範改正を論議する勉強会を今月下旬に発足させることを確認した。小泉純一郎首相が今国会への改正案提出を見送る方針を固める一方、党内の意見集約も指示しており、秋篠宮妃紀子さまのご懐妊とは切り離して論議に着手することにした。 


また、共同通信では、首相は、国会提出時期に拘らないが「よく議論していけば改正は必要だという認識を持つようになる」と強調したと伝えた。

(共同通信)2月10日
 国会提出時期こだわらず 首相、皇室典範改正で
 小泉純一郎首相は9日夜、女性、女系天皇を容認する皇室典範改正案の国会提出時期について「期日にはこだわらない」と述べ、今国会での提出を見送る可能性を重ねて示唆した。
 与野党で改正案提出への慎重、反対意見が強まっていることに関し「よく議論していけば、改正は必要だという認識を持つようになる」と強調。政府が検討している改正案の内容修正については「議論していかなければならないだろう」と述べるにとどめた。官邸で記者団の質問に答えた。
 これに先立ち首相は自民党の武部勤幹事長、山崎拓前副総裁と官邸で相次いで会談し「全会一致(での成立)が望ましい」との考えを伝えた。


さて、ここで考えなければならないのは、「女系容認」の改定は断固阻止しなければならないが、さりとて、現状のままでよいというのでないことを明らかにしておく必要がある。現状維持は勝利ではない。今回の問題で明らかになった占領遺制の害悪を取り除き、皇室のご安泰を図らねばならない。

秋篠宮妃殿下のご懐妊は、本当に神風のようだと思われるが、これは、皇祖皇宗のご神霊が堕ち切った現代日本に対して与えられた猶予時間なのではないかと思われてくる。

今国会での改定案上程阻止が最終目標ではない。

男系維持はもとより、更に積極的に皇室をお守りするための典範改定が行われる必要がある。
旧宮家の皇籍復帰も真剣に検討されるべきである。その上で、現在の皇室会議を改めて、皇族会議を復活し、皇室のことについては、天皇陛下を中心として、皇族で決定するということにする必要がある。また、皇室典範の改正は、皇族会議が第一義的に発議できるものとする必要がある。
また、皇室典範についてだけは、出来るならば国会から超然として運用されるべきものであって欲しいが、国会を国権の最高機関とする現行憲法のあり方を踏襲しなければならないとするならば、最低でも皇族会議の意思は最大限尊重される、という形にするべきだろう。
皇室をお守りする藩屏をいかに構築するのか、叡智を絞らなければならない。皇室経済法を改正して、経済的な基盤を整備すべきであるし、本来皇室に属すべき資産についてお返しすることも重要である。また、皇室に対して課税がなされている現状も、慎重に見直さねばならない。
やらねばならないことは山のようにあると思われる。
また、典範だけの問題ではない。教育において、象徴に関する教育が全くなされていないことは問題である。皇室の御存在の意味を、国民が改めて知ることも重要である。

これからが、本当の戦いである。

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2006年2月 7日 (火)

血迷った平泉学派の重鎮

諸君3月号に、皇學館大学名誉教授の田中卓氏が論文を書いた。「女系天皇で問題ありません」というものだ。
ざっと眼を通した。失礼な物言いになるが、歴史学の泰斗が聞いて呆れる。「耄碌爺の寝言」に過ぎない、というのが率直な感想だ。

平泉学派は、「皇国護持史観」であるとかねて聞き及んでいたが、平泉学派の面汚しだ。泉下で平泉先生は切歯扼腕していることだろう。

支離滅裂のアジ文に過ぎない。よくもまあ、恥ずかしげもなく、このような駄文を載せたものだ。

これまで、一定の敬意を払ってきたが、今後一切、やめる。蔵書も処分することにしよう。

自分は、氏の万分の一も学識はないかもしれないが、「女系」と「女帝」の違いを間違うことはない。

思えば、氏の文章に啓発されたことはついぞなかったことを思い出した。「維新の歌」を編集されたことだけはよしといえようが、維新の志士たちの前に恥じて死なねばならぬだろう。

突っ込みどころ満載の耄碌爺の蒙語録だが、ひとつだけ挙げておこう。

「試案として改定案(第一条)だけ示しておく。「皇位は日本国憲法(第2条)にもとづく世襲のもので、皇統に属する子孫がこれを継承する」これは天照大神の神勅を現代文に直しただけで、真の日本人なら誰も反対出来ないであろう」

天照大神と日本国憲法を同格に置く発想には、最早言葉を失うが、これが占領憲法との思想的対決に敗れ、取り込まれてしまった形骸だけの歴史学者のなれの果てであるとは、情けない限りだ。

ちなみに、現行皇室典範の第一条は次の通りだ。

「皇位は、皇統に属する男系の男子がこれを継承する」

明治の皇室典範の第一条は次の通りだ。

「大日本皇位は、祖宗の皇統にして男系の男子、之を継承す。」

この間に本質的な違いはないが、田中案は、わざわざ「日本国憲法」を持ってくる。気が触れているとしか思えない。最後に後醍醐天皇の「朕の新儀は未来の先例たるべし」との言葉を引いて、「心して拝聴せよ」というが、噴飯ものである。自らを後醍醐天皇になぞらえる神経はそうとうのものだ。全くの見当はずれという以外にはない。この人の文章には、品がない。そして何より祈りがない。

皇太子殿下御成婚の際、聖徳記念絵画館前において奉祝のつどいにお出まし頂いた両殿下のお姿を思い浮かべつつ、日の御子さまの一日も早い御降誕を熱祷するばかりである。

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