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2006年1月21日 (土)

幡掛正浩先生を悼む 〜ものいわぬ仏の心が天皇陛下の大御心〜

 1月14日、元神宮少宮司であられた幡掛正浩先生が逝去された。享年92歳であられる。

 私は、先生に一面識があるわけでもなく、謦咳に接したことがあるわけでもない。しかし、先生の文章を通じて、遠く尊敬申し上げていた一人である。遂にご生前謦咳に接する機会もないままとなってしまったことは、返す返すも残念でならないが、先生の残された文章を通じて、その志を少しでも受け継げるように努力して行きたいものと思うのである。

 それにしても、皇室典範の問題が浮上する中、おそらく大変な御憂念を持たれたまま、幽界に旅立たれたことと思われる。そこで、少しでもこの問題について、先生が抱懐されておられた思いを拝察申し上げることができればと思う。

 「神国の道理」という著書がある。その最後の文章に「問答・天皇意思と国法」という一文がある。

 そこに、一つ考えさせられる一文があった。

「なるほど、陛下は国の危機だとか、そうしたことについては何も仰せにはならないけれど、その何も仰せにならないということのうちにこめられた千万無量の思いというものについて、われわれは、もっと慎重に考える必要がありはすまいか。
「仏教に、”慈眼衆生を視る”ということばがあるが、僕が学生時代師事した老師は、これは、地獄の釜の口で乱舞している無自覚な衆生を、唯、無限の慈悲心をもって、もの言わず、じっと視つめている仏のすがたであると説かれたことがある。
「貴君は、このもの言わぬ仏に向かって、ものを言わせようとしているわけではないか。衆生よ、こちらへおいで、そちらへ行くのは危ないと。
「貴君がそのように言わせたいとねがう気持ちは僕にもわからぬでないが、それはあくまで貴君や、あるいは僕などの小思量底の分別というものだ。なんにも言わず、じっと視ている仏の眼ざしは、そんな小思量を超えた、ほとんどはかり知ることの出来ぬ深いかなしみが湛えられているとは思わないか。この無言の大悲心こそ、本当はことばあるに勝って強い力をはたらかせる当のものだ。畏いことだが、大御心というものを僕はそのように億念し、考え、戴いているつもりだ。」

 この一文を拝読しつつ、皇后陛下の次の御歌が浮かんできた。

    うららか(平成十年)

ことなべて御身(おんみ)ひとつに負(お)ひ給ひうらら陽(び)のなか何思(なにおぼ)すらむ

 ありとあらゆることをご一身にお引き受けになり背負われておられる陛下の大御心への、慎みと畏れと敬いを込めた、皇后陛下のみ思いをお述べになられた御歌である。

 思量分別を超えて、受け止めておられる、仏さながらの陛下のお姿である。

 皇室典範の問題について、陛下にご意見を、という声もあり、それも尤もだという向きもあるが、こうしたことを考えるとそうしたことも、やはり臣下の思い上がりではないか、と思うようになった。陛下を相対の議論の場に引き摺り下ろそうとする態度ではないのか。

 陛下は、常に国民が最も良きことを志向するように、祈られている。

 国民が議論を尽くさないで、安直に、陛下のご意見を、などというのは、国民としてのまじめさにもかけるのではなかろうか。勿論、細田官房長官のように、これは陛下の大御心だ、というような言い方は、断じて許されるものではない。

 なぜ、三笠宮寛仁親王殿下が、あれだけ踏み出されてご意見をお述べになっておられるのか。

 日本の国民として、一人一人がまじめに物事を考え、結論を出しているのか。甚だ心もとないといわなければならない。思うに、この問題を巡り、日本という国がどのような国であるのか、祖先から引き継いだこの国を、どのような形で子孫に伝えていくのか、そのことが切に問われているのである。このことに心を致すことができなければ、他のあらゆる問題を論じることは出来ない。

 天皇について、国民があまりにも無知になってしまった。そのことと今日のことは無関係ではない。

 国民が知ると知らぬとに拘らず、天皇陛下は祈り続けておられるのである。知らぬですまされることではない。

 現行憲法第一章が「天皇」であることの意味と意義をよくよく考えてみる必要がある。「天皇」について知らないということは、「日本」という国について知らないということであり、それは「自分」自身をも知らないということである。戦後の日本人が無自覚な人生しか送れない(というのも独断ではあるが)原因は、まさにここに存すると言っていいのではないか。

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