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2006年1月17日 (火)

「男系」の伝統は、女性蔑視と何の関係もないこと、再論


反天皇主義者を自認する痴れ者が、わがブログをのぞいたらしい。

一般の、ふつうの女性に対して、「女系」が如何に重大深刻な問題であるのか、知って欲しいという思いで書いたものを、「女系」を容認する女性すべてを反天皇主義者であると指弾したように悪意に満ちた曲解を敢えてした。

痴れ者が、痴れているのは仕方のないことであり、それ自体を非難するつもりはないが、曲解をそのままにしておくのはやや害があるかも知れないと思うので、もう一度、敷衍しておきたいと思う。

「男女共同参画」という概念が俄かに浮上して、何らかの社会貢献にかかわってきたご婦人方がすべてこの「運動」に巻き込まれている現状を先ず認識したい。

そして、「女性」という括りによって、社民、共産系の議員や運動家、学者らとの垣根をなくして、思想的背景を持たずに、純粋に社会貢献に尽くしたいという思いで活動しているご婦人方が、同じテーブルの上でそれと知らずに、オブラートに包まれた「ジェンダーフリー」思想の洗礼を受けつつあるという構造があることを、念頭においてもらいたい。

薄められた毒を飲まされているうちに、一般庶民の良識なり常識が少しづつ崩されていき、正常な判断力が狂わされていくのである。そして、ある政治的スローガンに対する抵抗力が低下して、あるいは同調していくのである。しかも、それが自分の頭で考えたと錯覚させられており、それだけに頑強な力を持つ。

少し齧った程度の知識ではあるが、ユングの心理学における「アニマ」論と、その弟子たちが発展させた「アニムス」論からも説明がつく。女性の心理構造として、一つの強烈なドグマをひとたび受容すると、合理的、論理的な自己批判なり自己分析が出来ずに、一直線に突っ走ってしまう傾向があること。

インド独立運動の思想的指導者だった、アラヴィンダ・ゴーシュが、あらゆる運動は、女性が動き出したとき本物になる、と喝破したが、ジェンダーフリー運動はフェミニズム運動から派生してきたものであり、そもそも女性が動いてきたものである。其の背後に、男性の扇動者がいるとしても、はじめから女性をターゲットにして行われてきたものである。

人類の半分が女性であるという事実を元に考えれば、一般女性を巻き込んだ女性運動が重大な影響力を持つことは必至である。

その意味で、もともとが革命を志向するジェンダーフリー運動の思想的洗礼を知らず知らずのうちに受けさせられている可能性が、社会的に一生懸命活動している女性であればあるほど高いことは論を待たず、おかしいと思っても個人で太刀打ちすることは難しく、沈黙させられてしまうのである。

いずれにせよ、もともと極めて政治的な偏向性を帯びた女性学という擬似学問が蔓延っている現状の上で、革命的な底意を秘めた「女系」論に対して、違和感を失わしめられていることが考えられるのである。

本来、合理的な区別であろうが、男女の区別はすべて差別であるとする、過激な男女平等原理主義をうたった女性差別撤廃条約は、アメリカなどでも批准されていないにもかかわらず、日本が不用意に批准したがために、日本の社会的な動揺が生まれているのである。

フェミニズムが男性に対する女性の権利獲得の運動であるとの一般的な見方があるが、その底にあるものは、女性に対する徹底した憎悪と敵意であることも強く指摘されている点である。

男女平等原理主義は、女性性の破壊をその中に秘めているのであって、女性のための運動では、必ずしもない。

「男系」の伝統は、女性蔑視とは何の関係もない。むしろ、日本の歴史は、他国に比して著しく女性の優位を示している。それが女性蔑視の歴史だというのは、色眼鏡をかけて見れば空は尽く赤いものだ、というに等しい愚論に過ぎない。日本最高の小説が「源氏物語」であり、それは女流文学としても世界最古であり、かつ最高のものである。平安の女房たちの気概の高さは、男たちの俗物性を見下して、誠に意気軒昂でさえある。時代の変遷はあろうが、日本の歴史での女性の活躍は相当なものであることは間違いない。

しかし、家系に関する観念においては、「男系」が当然とされてきたのは、歴史上一貫しているといってよく、その伝統の中にあって上記の女性の活躍があったことを踏まえれば、「男系」と女性蔑視は全く別の観念であることが思量されようものである。

むしろ、女性の力は「男系」継承を助けて力があった。「妹の力」への畏れは、伝統的な日本男性の観念でさえあると思われる。

それはそれとして、「男女共同参画」だから「女系」もあり、などというのは、愚の骨頂に過ぎない。そのような洗脳から、一人でも多くの女性が脱却して頂きたいものと思うのである。

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