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2006年1月17日 (火)

左近の櫻、右近の橘

幕末の志士は折にふれては和歌を詠み、漢詩を作った。都都逸も歌った。

日々を死と隣り合わせに生きた志士たちの歌は、専門歌人が到達することの出来ない境地を開いたともいえる。

その淵源を尋ねれば、それは吉野朝の準勅撰集とも言える「新葉和歌集」に到るだろう。

皇位の正統性を徹底的に主張し、道義の所在を明らかにし続けた、吉野の朝廷に連なる方々の和歌が集められた。雅の伝統が一時に花開き、切々たる名歌を多数残したのである。

幕末の志士たちが景仰した楠木正成公はまさにこの時代の人物であった。

京都御所の紫宸殿の前庭にある、左近の櫻、右近の橘は有名であるが、幕末の志士の中で、これになぞらえられる方を挙げれば、佐久良東雄こそは左近の櫻であり、橘曙覧こそは右近の橘である。

私のペンネームを「橘」としたのは、曙覧とは直接関係がないが、改めて気付いて見ると、ある種の感慨が浮かんでくる。

曙覧の歌の中で、剣の歌四首を紹介してみたい。

眞荒男が 朝廷思ひの 忠実心 眼を血に染みて 焼刃見澄ます

 (ますらおが みかどおもひの まめごころ めをちにそみて やいばみすます)

正宗の 太刀の刃よりも 国のため するどき筆の 鉾揮ひみむ

 (まさむねの たちのはよりも くにのため するどきふでの ほこふるひみむ)

国を思ひ 寝られざる夜の 霜の色 月さす窓に 見る剣かな

 (くにをおもひ ねられざるよの しものいろ つきさすまどに みるつるぎかな)

国汚す 奴あらばと 太刀抜きて 仇にもあらぬ 壁に物いふ

 (くにけがす やっこあらばと たちぬきて あだにもあらぬ かべにものいふ)

まさに、今、国を汚すものが、国内に充満し、臭気芬々、息が詰まる。武士の時代は遥か昔に過ぎ去り、武士道は観念のみとなり、腰に大小はない。しかし、「するどき筆の鉾」と「仇にもあらぬ壁に物いふ」ばかりの気概は、少しは身の内に在るようだ。

世は移り 人は変はれど 変らぬは わがすめろぎの 一筋の道

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