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2005年11月29日 (火)

「母なる天皇」に現れた女性天皇・女系天皇について

数年前に翻訳出版された、ヘブライ大学教授のベン・アミン・シロニーが書いた「母なる天皇」という本がある。

「皇室典範に関する有識者会議」の報告書の結論と、奇妙な一致点が見られた。

それは、最終章のところで、側室制度と、宮家が廃絶された今、象徴天皇制を将来にわたって守るためには、皇位継承権の範囲を、女性・女系にまで広げなければならない、と述べている点である。

シロニー博士には「天皇陛下の経済学」など、社会学的な興味深い一般書が幾つか翻訳されている。イスラエルという極めて特殊な国家に所属し、極めて独特な歴史を背負ったユダヤ人という民族・宗教集団の一員という人物である。決して日本に対して、悪意を持っているわけではないことは、信頼してよいと思われる。

しかし、やはり、日本の歴史・伝統・文化からは、最も遠いところに位置する文明圏に属する人物であり、氏の該博な知識を以ってしても、やはりネイティブ日本人にはどうしても鼻に付く大きな感覚のズレがあることは否めない。

聖徳太子を単に蘇我氏の一族と言って見たりするのはその例であろう。確かに、聖徳太子の生母は蘇我氏の出であり、当時の天皇家を蘇我氏一族が婚姻政策によって血統的に極めて近く擦り寄っていたことも事実ではあるが、だからといって、聖徳太子を蘇我氏の一族だ、と何の衒いもなく記述するその感覚は、断じて日本人のものではありえない。

逆に、日本人からすれば、それほどまでに蘇我氏が天皇家に容喙していたのか、と改めて事の深刻さに気付かされる契機とはなるので、遠く海外の別の文明圏に属する学者が、同じ事実を見ても全く違う見え方をしていることにいちいち目くじらを立てても仕方ない。

ただし、それが、現代の皇室が、国家にとってほとんど意義ある存在でない、と言うに到っては言語道断であり、そのような臆断に基づく提案も、極めて無意味かつ無礼なものでしかない。

「有識者」諸氏は、あるいは、この「母なる天皇」という著作も参考にしたのかも知れぬ。

しかし、それは、何が何でも「女性・女系天皇」の容認を結論付けるための、材料でしかないだろう。

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