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2005年11月24日 (木)

「言葉がなければ思考も記憶もない」

最近読んだ本から・・・

以下、要約して引用。

1801年、南フランスで狼に育てられていた少年が発見された。救出された当時およそ12歳位だったという。あり医師が育てたが、当初、精神の発達が著しく遅れ、医療、教育はほとんど不可能であったという。その姿は、背中が丸くなって、髪は伸び放題、野原を走り回る様子は、髪の長い事を除けば、ほとんど他の狼と区別できないような様子であったという。

その医師は、その後6年にわたって、この野生児の詳細な記録をつけた。

それによると、同じ年齢の普通の子供のようにはならなかったが、感覚機能や社会性は著しく発達し、知的な面でも、基本的概念や文字の学習は身についた。音声言語は使えるようにはならなかったが、文字が書けるのでコミュニケーションを図ることは可能である。

世界中から、動物学者、心理学者が駆けつけ、野生児に「狼時代」の話を聞きだそうとしたという。

「狼のお母さんは優しかったですか」「狼の兄弟たちとは仲良くできましたか」「たまには、けんかもしましたか」「どんな物を食べていたのですか」「何が一番おいしかったのですか」

ところが、この「狼少年」は、何一つ覚えてはいなかった。

いや、記憶がまったくなかったわけではない。ごく僅かなことを彼は記憶していた。だが調べてみると、それは彼が人間に保護された後、僅かながら文字言語を覚え始めた時期からであったという。

記憶でさえ言語によって媒介されている。言葉がなければ記憶さえない。

この事実に、学者たちは驚嘆すると共に、言語の持つ驚くべき力に大きな感銘を受けた。

引用以上。

狼少年、狼少女の実例は世界で何例か報告されている。古代でも、ローマ建国の父、ロムルスとレムルスも母狼に育てられたという伝説は有名である。

言語を習得するまで、人間は動物と何ら変わらない存在なのである。言語を習得するにつれて、人間は、人間になっていくのだ。

フィヒテの「独逸国民に告ぐ」という名著がある。ナポレオンに占領された独逸にあって、ドイツ語を守ることを強く訴えた連続講演の記録である。
ドーテの「最後の授業」は、有名である。これは、独逸国境に近いフランス領が独逸に占領され、明日からはフランス語は使えず、授業もすべてドイツ語になる、という日を描いた作品である。
ここでも、フランス語への愛着と、フランスへの愛国心は同義である。
ポーランドは何度も国を引き裂かれたが、ポーランド語を守り続けることによって、何度でも独立を回復した。
やや趣は異なるが、イスラム教におけるコーラン(原語に近い発音だとクラーン)は、アラビア語のみが正典であり、翻訳自体を認めない。翻訳されたものは参考書に過ぎないのである。アラビア語で読み上げる言葉の響きのみがイスラム教徒の証だといえるのだろう。
ユダヤ人は、2000年の迫害の歴史の中で、ヘブライ語を守り続けた。

逆に、言語とともに民族が消滅した例も多い。フランス領タスマニアなどがその好例であろう。

ちなみに、日本の「植民地統治」を受けた朝鮮半島では、福沢諭吉門下によって初めてハングル語の教科書がつくられ、文字と無縁の生活を強いられていた朝鮮民衆を文盲の闇から脱却する契機となった。日本内地を上回る速度で学制が敷かれ、朝鮮民族は、日本統治下によって、初めて民衆レベルまでの初等教育が行き渡った。これは、内鮮一体というスローガンを律儀にも実現していこうとした、如何にも日本の官僚らしい生真面目な仕事振りの結果だった。もちろん漢字ハングル交りで、朝鮮の祖先伝来の遺産への道も同時に開かれたのである。安重根が伊藤博文を暗殺する決起の文書を、ソウルの記念館で見たが、漢字ハングル交り文で、その意味するところはあらかた受け取ることが出来た。ちなみに戦後のセマウル運動では、ハングル一本にされ、漢字文化を排除した結果、韓国の学生は安重根の檄文を読むことが出来なかった。韓国における戦後問題であり、薄っぺらでイデオロギーと化した反日感情が、韓国自身のアイデンティティを破壊しつつある。これは余談だが。

日本は、中国という強烈な個性を持った大文明の影響を受けながらも、独自の言語を守り独自の歴史を展開した。ひとつの文明圏であるということが、今では世界の学者の間でも定説になりつつあるという。しかし、日本人の劣化が誰の目にも明らかになりつつある昨今、果たして日本は21世紀を乗り越えられるのか、ということがまことしやかに語られるようになっている。

その問題の中核にあるのが、言葉の問題である、と思う。

佐藤優氏が、神皇正統記を引いて論陣を張っているのを見たが、「言語は君子の枢機なり」という言葉はまだ引用していないようだ。言葉こそが、政務の要衝にあたるものの、最重要事項である、という風にも解せようか。言葉の乱れが国の乱れ。そうなると、現今の若い世代から中高年に至るまでの言葉の貧困と混乱は、何を意味するのだろうか。これが枢要な問題でないという人に問いたい。では、何が問題なのか、と。

長崎の同級生殺害事件や、俊ちゃん殺害事件など、子供同士での殺戮の様相は、かつて問題になったバトルロワイヤルどころの話ではない。

「命の大切さ」が教育の中心にすえられて60年。むなしく繰り返される「生命尊重」の声もまったくむなしい。何故なのか。

ひとつに、この言葉の貧困、言葉の乱れ、更に言えば、言語未発達なまま、動物的な衝動が抑制されることもなく放置されていることによるのではないか。

今、日本では急速に言葉が消滅していっている。語彙の貧困は、思考の貧困であり、思想の貧困であり、生命力の貧困、衰弱につながっている。そして、内容空疎な観念的言葉が、魔術の呪文のような効力を増大させている。曰く「人権」、曰く「平和」。しかし、それを批判するものにあっても、事情は似たようなものなのだ。「愛国」「伝統」「保守」といっても、観念化した言葉は、あまりに空疎であり、むしろそちらのほうがより深い精神の貧困と堕落を証左しているように思えてならないのである。少なくとも、戦後に生まれた日本人は、すべてどこかで日本から断ち切られているのであって、日本人であろうとすればするほど、痛苦がいや増すものだと思う。その痛みは、言葉の端々に現れるものだ。その痛みの裏づけのないすべての議論は、どれだけ行動的色彩をまとっていようが、観念遊戯に過ぎない。

このような感じ方は、偏頗なものであり、思い上がりの独りよがりであるといわれるかもしれない。しかし、そういう人とは、話が通じなくても、仕方ないのだろうと思う。

比較するのもおこがましいが、三島由紀夫氏が「私の中の25年」という小文で述べたことが、惻惻と偲ばれるのである。

そういうえば、明日は、三島由紀夫氏と森田必勝氏の、35年目の日である。三島氏の遺作「春の雪」は、しかし、その危険な要素を抜き去られた、如何にも今風な「純愛」ものとして映画化された。これを契機に原作に当たる人も多かろうが、その言葉の芳醇さに、途中で投げ出さざるを得ない人が圧倒的に多いだろうとも思われる。あるいは、映画にならなかった本質的な要素を、そこから汲み取る人も出るだろうか。その想像は、ひとつの救いではある。

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