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2005年11月

2005年11月29日 (火)

「皇室典範に関する有識者会議」報告書・批判 その1

 皇位の正統性は、第一義的に、神武天皇から皇統連綿と受け継がれたその事実にある。それは一点の疑いも入れることは出来ない。そして、それこそが最重要問題であり、全ての議論は、この皇位の正統性とその永続を如何に守るか、であって、それ以外ではない。

 皇位を巡る様々な諸要素は、神話的要素ももちろんあり、封建的な世襲という中世武家などの家督相続的な要素も色濃くあるであろう。様々な要素の上に、国民の総意というようなものも、憲法にそうかかれているからというのではなく、昭和天皇が終戦のご聖断を下されたとき国民を信頼されたその一点に基づくものであり、これは一つ伝統の要素が新たに美しい形で歴史に出現したとはいえるものである。

 さて、歴史上に存在した女性天皇、つまり女帝であるが、これも男系の女帝であって、それ以外の例が皆無なことは報告書も認めざるを得ない。であるから、皇統を”女系”に開くことが、「伝統」に反することも認めている。

 ところが、有識者らは、ここで「伝統」という言葉を概念操作している。「伝統とは、必ずしも普遍のものではなく、各時代において選択されたものが伝統として残り、またそのような選択の積み重ねにより新たな伝統が生まれるという面がある」と述べているが、「伝統」に関する極めて薄っぺらで、弛緩した、怠惰な認識でしかない。

 小林秀雄氏が、「伝統」という一文において、最も意識的に集中して見出さなければ「伝統」は存在しないに等しい、そして「慣習」はその逆で無意識の内に最もよく現れるものだと述べたことがある。イギリスの保守主義の理論から言っても、コモン・ローは、見出すものであり、得手勝手に作り出していいものではない。一言でいうなら、この「有識者」らの「伝統」観は、極めて貧弱であり、端的に間違っているということができる。日本の伝統の中核である、皇室の、更に重要事項である皇位継承に関する議論する基礎的な知識さえない、非「有識者」であることが、この一文からでも読み取ることが出来る。

「有識者」らは、報告書において、如何にして、これまでの”伝統”を否定し、男系継承を相対化し、断ち切るかに意を注いでいる。

「男系継承維持の条件」として続けて論じている記述は、言葉自体が極めて下品であり、その点だけでも許しがたいものがある。「血統に基づいて継承」などと、いう表現は、皇位継承を、犬の血統書と同次元で捕らえているとしかいえない許しがたい無礼である。

 そして、歴代天皇の半数近くが非嫡出子である、と表現している。しかし、宮中における婚姻制度が現代と全く異なる近代以前の例において「嫡出」「非嫡出」という言葉は不適切であり、不確かでさえある。こうした、現代の観念的な用語でしか語ることの出来ない報告書は、それだけでもトータルファクトたる真実をつかみ出す能力の欠如をしめすものである。古代においては、兄弟間における継承が頻発した例もある。しかし、「伝統」とは、錯雑紛糾した歴史の事実の矛盾錯綜の中から、一筋の不易なる本質を見出す営為そのもののことであり、「有識者」らには、そのような片鱗さえも見出すことが出来ない。彼らは事実に触れることも出来ず、ただ、自らが架空の観念を操り、その架空なる観念そ操作することによって、事実そのものに触れている錯覚をしているに過ぎず、積極的に自らを欺いている、ともいえる。

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「母なる天皇」に現れた女性天皇・女系天皇について

数年前に翻訳出版された、ヘブライ大学教授のベン・アミン・シロニーが書いた「母なる天皇」という本がある。

「皇室典範に関する有識者会議」の報告書の結論と、奇妙な一致点が見られた。

それは、最終章のところで、側室制度と、宮家が廃絶された今、象徴天皇制を将来にわたって守るためには、皇位継承権の範囲を、女性・女系にまで広げなければならない、と述べている点である。

シロニー博士には「天皇陛下の経済学」など、社会学的な興味深い一般書が幾つか翻訳されている。イスラエルという極めて特殊な国家に所属し、極めて独特な歴史を背負ったユダヤ人という民族・宗教集団の一員という人物である。決して日本に対して、悪意を持っているわけではないことは、信頼してよいと思われる。

しかし、やはり、日本の歴史・伝統・文化からは、最も遠いところに位置する文明圏に属する人物であり、氏の該博な知識を以ってしても、やはりネイティブ日本人にはどうしても鼻に付く大きな感覚のズレがあることは否めない。

聖徳太子を単に蘇我氏の一族と言って見たりするのはその例であろう。確かに、聖徳太子の生母は蘇我氏の出であり、当時の天皇家を蘇我氏一族が婚姻政策によって血統的に極めて近く擦り寄っていたことも事実ではあるが、だからといって、聖徳太子を蘇我氏の一族だ、と何の衒いもなく記述するその感覚は、断じて日本人のものではありえない。

逆に、日本人からすれば、それほどまでに蘇我氏が天皇家に容喙していたのか、と改めて事の深刻さに気付かされる契機とはなるので、遠く海外の別の文明圏に属する学者が、同じ事実を見ても全く違う見え方をしていることにいちいち目くじらを立てても仕方ない。

ただし、それが、現代の皇室が、国家にとってほとんど意義ある存在でない、と言うに到っては言語道断であり、そのような臆断に基づく提案も、極めて無意味かつ無礼なものでしかない。

「有識者」諸氏は、あるいは、この「母なる天皇」という著作も参考にしたのかも知れぬ。

しかし、それは、何が何でも「女性・女系天皇」の容認を結論付けるための、材料でしかないだろう。

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2005年11月24日 (木)

「言葉がなければ思考も記憶もない」

最近読んだ本から・・・

以下、要約して引用。

1801年、南フランスで狼に育てられていた少年が発見された。救出された当時およそ12歳位だったという。あり医師が育てたが、当初、精神の発達が著しく遅れ、医療、教育はほとんど不可能であったという。その姿は、背中が丸くなって、髪は伸び放題、野原を走り回る様子は、髪の長い事を除けば、ほとんど他の狼と区別できないような様子であったという。

その医師は、その後6年にわたって、この野生児の詳細な記録をつけた。

それによると、同じ年齢の普通の子供のようにはならなかったが、感覚機能や社会性は著しく発達し、知的な面でも、基本的概念や文字の学習は身についた。音声言語は使えるようにはならなかったが、文字が書けるのでコミュニケーションを図ることは可能である。

世界中から、動物学者、心理学者が駆けつけ、野生児に「狼時代」の話を聞きだそうとしたという。

「狼のお母さんは優しかったですか」「狼の兄弟たちとは仲良くできましたか」「たまには、けんかもしましたか」「どんな物を食べていたのですか」「何が一番おいしかったのですか」

ところが、この「狼少年」は、何一つ覚えてはいなかった。

いや、記憶がまったくなかったわけではない。ごく僅かなことを彼は記憶していた。だが調べてみると、それは彼が人間に保護された後、僅かながら文字言語を覚え始めた時期からであったという。

記憶でさえ言語によって媒介されている。言葉がなければ記憶さえない。

この事実に、学者たちは驚嘆すると共に、言語の持つ驚くべき力に大きな感銘を受けた。

引用以上。

狼少年、狼少女の実例は世界で何例か報告されている。古代でも、ローマ建国の父、ロムルスとレムルスも母狼に育てられたという伝説は有名である。

言語を習得するまで、人間は動物と何ら変わらない存在なのである。言語を習得するにつれて、人間は、人間になっていくのだ。

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2005年11月15日 (火)

映画化された「春の雪」を見ました。

映画化された「春の雪」を見ました。

映画を見ようと思って原作を引っ張り出して何気なく開いて拾い読みしたところが、蓼科が偽装自殺未遂する場面でした。あのおぞましい古証文のような約束のシーンが、映画では冒頭に描かれていました。

映画としては仕方ないのでしょうが、原作では後半まで隠されていた背景にあるエピソードが、最初からあかされてしまうというのはいかがなものかと思われました。

原作の冒頭で触れられたあの日露戦争の絵画は、やはり省略されていました。

それに替わって、二人の叔父の遺影が、日露戦争の影を浮かび上がらせる役割をしていましたが、それはそれなりに自然でもあるのですが、やはり神聖性としてはやや一段下ったように思われてなりません。

大正様式ともいえる和洋折衷の世界の猥雑な美しさとでも表現すべき中にあって、「雅」が己の本質を守るために、綾倉聡子になったのではないかとさえ思えました。

十分役にあった美しさだったと思います。

今、あらゆるタブーが打ち壊され、野蛮で即物的な恋愛しか存在せず、丈低い男女の野合しか存在しない現代という不毛の時代の、その魁の時代である大正。その中にあって、絶対のタブーを侵し、命を捨てるという行為は、血の匂いのする業火すれすれの文化の生命滾る営みであり、それこそが「雅」の姿なのだということをまざまざと示しているのではないかと思いました。

いつか、「春の雪」という名の楽曲が作られる日が来るような気がします。

古い没落した伝統の暗い淵の底からくる復讐の予感を基調低音とし、無垢の信頼から些細なずれを生じさせ、次第に大きくなる振幅、そして転換。「序、破、急」のリズムによる。

そしてこの「雅」の復讐という、「豊穣の海」の中での「序」といえる「春の雪」から、次の「奔馬」が映画化される時代もやってきて欲しいものと思います。残念ながら、今回の映画では、その導入になるエピソードは省かれてしまっていました。「春の雪」は「春の雪」だけで完結させ、「奔馬」という、現代ではまだまだ「危険」な作品への架け橋は慎重に取り除かれてしまっていました。これは、原作に対する剽窃であり、冒涜であるとも言えると思います。

「豊穣の海」はやはり四部作であり、それでなくては、輪廻転生のテーマも、単に来世で結ばれよう、幸せになろう、というような陳腐で中途半端なものに堕落せしめられてしまうでしょう。映画の最後の余計なナレーションは、まさに作品全体を陳腐化させる以外の何者でもありませんでした。

それでも、「春の雪」の映画化は、意義あるものと思われます。

映画化が可能なのは、「暁の寺」までで、おそらく「天人五衰」だけは、不可能ではないかと思われます。芸術としての言葉が最大に発揮され描き出された絶世の美女と信じる絶世の醜女を、映像ではどうにも描くことは出来ないと思われるからです。

最後の原稿を書き終えて後に、自ら割腹して命を絶ったことにより、この作品はこれからも蘇り続けることになると思われます。

僕も過去2回だけですが通読し、1回目よりも2回目により強い印象と感動を得ましたが、次に通読するときにはおそらくまた違った、より深い印象と感動を得ることが出来るという予感を持っています。

輪廻転生というテーマは、読者にとっても永遠に作品が甦り続けるという意味も込められているように思えて来ます。

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2005年11月 4日 (金)

三笠宮寛仁親王殿下のエッセー要旨

読売新聞に掲載された、エッセーの要旨です。

宮様のご文章をこのような形で転載させて戴くことは誠に恐縮至極ではありますが、新聞各社の報道では、各社の思惑やスタンスによって、つまみ食いが生じ、全体として殿下のお述べになられようとされたことがややもすれば歪曲されるのではないかとの懸念を感じましたので、敢えてアップさせて戴きます。

以下、本文

世間では、「女帝問題」がかまびすしいので私の意見を、「ともさんのひとり言」として聞いて頂きます。本来は首相傘下の審議会に諮られていますので政治問題であり口出しできないのですが、本会報は市販されておらず、”身内”の小冊子と理解し「プライヴェート」に語るという体裁を取ります。

論点は二つです。一つは二六六五年間の世界に類を見ない我が国固有の歴史と伝統を平成の御世でいとも簡単に変更して良いのかどうかです。

万世一系、一二五代の天子様の皇統が貴重な理由は、神話の時代の初代・神武天皇から連綿として一度の例外も無く、「男系」で今上陛下まで続いて来ているという厳然たる事実です。生物学的に言うと、高崎経済大学の八木秀次助教授の論文を借りれば、神武天皇のY1染色体が継続して現在の皇室全員に繋がっているという事でもあります。

 歴史上八名一〇方(御二人が二度践祚されている)の、「女帝」がおられましたが、全員在世中、独身又は寡婦(未亡人)でいらして、配偶者を求められておられませんので、「男系」が守られ、「女系」には至っていない訳です。

 二つ目は、現在のままでは、確かに”男子”が居なくなりますが、皇室典範改正をして、歴史上現実にあった幾つかの方法論をまず取り上げてみる事だと思います。順不同ですが、

1, 臣籍降下された元皇族の皇籍復帰。

2, 現在の女性皇族(内親王)に養子を取る事が出来る様に定め、その方に皇位継承権を与える。(差し当たり内廷皇族と直宮のみに留める)

3, 元皇族に、廃絶になった宮家(例=秩父宮・高松宮)の祭祀を継承して頂き再興する。(将来の常陸宮家もこの範疇に入る)

4, として、嘗ての様に、「側室」を置くという手もあります。国内外共に今の世相からは少々難しいかと思います。

 余談ですが、明治・大正両天皇共に、「御側室」との間のお子様です。「継続は力なり」と言いますが、古代より国民が、「万世一系の天子様」の存在を大切にして来てくれた歴史上の事実とその伝統があるが故に、現在でも大多数の人々は、「日本国の中心」「最も古い家系」「日本人の原型」として、一人一人が何かしら”体感”し、「天子様」を明解な形であれ、否とに拘らず、敬って下さっているのだと思います。

 陛下や皇太子様は、御自分達の家系の事ですから御自身で、発言される事はお出来になりませんから、民主主義の世の中であるならば、国民一人一人が、我が国を形成する、「民草」の一員として、二六六五年の歴史と伝統に対しきちんと意見を持ち発言をして戴かなければ、いつの日か、「天皇」はいらないという議論に迄発展するでしょう。

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三笠宮寛仁親王殿下の皇室典範改正問題に関するエッセーを報じる新聞記事の比較について

■東京新聞

女系天皇容認論を懸念

三笠宮寛仁さま 会報のコラムに私見

 三笠宮寛仁さま(59)が従来の男系の皇位継承を支持し、女系天皇容認論に疑問をはさむ文章を、自身が会長を務める福祉団体の会報に掲載されていたことが分かった。
 皇室典範に関する有識者会議は、女性・女系天皇を容認した最終報告を月内にもまとめる予定。天皇や皇族は憲法上、国政に関与できないとされるだけに、有識者会議では皇族から意見を聞いておらず、文章は今後論議を呼びそうだ。
 三笠宮さまは、福祉団体「柏朋会」が九月末に発行した「ざ・とど(寛仁さまの愛称)」と題された冊子に、「とどのおしゃべり」というコラムを執筆。文中で「プライヴェート」と断った上で皇室典範の改正に触れ、「世界に類を見ない我が国固有の歴史と伝統を平成の御世で簡単に変更しても良いのか」「神武天皇から例外なく『男系』で今上陛下まで続いて来ているという厳然たる事実」などと記し、男系男子継承の維持を唱えた。
 さらに一九四七(昭和二十二)年に皇籍を離脱した旧皇族の復帰、女性皇族に旧皇族から養子をもらうこと、宮家が途絶えた秩父宮や高松宮の祭祀(さいし)をつぎ宮家を再興すること、などの意見も表明している。
 その上で、典範改正問題について「日本国という『国体』の変更に向かう事になりますし、いつの日か天皇はいらないという議論に発展するでしょう」と述べ、天皇制存続が危ぶまれる事態につながる懸念を表した。

■サンスポ

三笠宮さま女系天皇容認に異論…団体会報のコラムに私見

三笠宮寛仁さま=写真=が、自身が会長を務める福祉団体の会報のコラムで、皇位継承資格について、男系維持を主張し、女性天皇の子に皇位を継がせる女系天皇の容認に異論を示す文章を掲載されていたことが3日、分かった。

首相の私的諮問機関である皇室典範に関する有識者会議は、女性、女系天皇を容認する方針を決め、11月末をめどに最終報告をとりまとめる。

寛仁さまは「“身内”の小冊子と理解し“プライベート”に語る」として私見をつづられている。まず皇位の歴史に触れ「2665年間の世界に類を見ないわが国固有の歴史と伝統を平成の御世でいとも簡単に変更して良いのかどうか」とし「万世一系の皇統が貴重な理由は神武天皇から一度の例外も無く『男系』で今上陛下まで続いて来ているという厳然たる事実」と主張されている。

■朝日新聞  2005年11月03日22時38分

寛仁さま、女系天皇に異論 「ひとり言」と随筆
 三笠宮寛仁さま(59)が、女性・女系天皇を容認することについて、異議を唱える趣旨の随筆を自ら会長を務める福祉団体「柏朋会」の機関誌に寄稿していたことがわかった。小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」(吉川弘之座長)は、最終報告に向けて女系・女性天皇を容認する方針を固めており、この方向性に疑問を唱える形となった。皇室典範論議について、皇族の肉声が明らかになったのは初めて。

 憲法上、天皇や皇族は政治的発言ができないとして、「身内の小冊子でのプライベートなひとり言」と断りながらも「世界に類を見ない我が国固有の歴史と伝統を平成の御世(みよ)でいとも簡単に変更して良いのか」と問いかけている。

 「近況雑感」と題された随筆は「皇統が貴重な理由は、神話の時代から連綿として一度の例外も無く、『男系』で今上陛下迄(まで)続いているという厳然たる事実」と指摘。さらに「古代より国民が『万世一系の天子様』の存在を大切にして来てくれた歴史上の事実とその伝統があるが故に、現在でも大多数の人々は、『日本国の中心』『最も古い家系』『日本人の原型』として、敬って下さっている」と述べたうえで、皇位継承の男系主義を崩すと「いつの日か、『天皇』はいらないという議論に迄発展する」と危機感をにじませている。


 有識者会議の吉川座長は記者会見で、皇族の意見聴取は念頭にないと表明しており、仮に意見が明らかになったとしても「議論に影響はない」としていた。


■読売新聞  2005年11月3日3時0分
三笠宮寛仁さま、女性天皇容認に疑問…会報にエッセー
 三笠宮寛仁さま(59)が、自身が会長を務める福祉団体の会報で「女性天皇」に触れ、「歴史と伝統を平成の御世(みよ)でいとも簡単に変更して良いのか」と、疑問を投げかけられていることがわかった。

 皇籍を離脱した元皇族の復帰や、元皇族を女性皇族の養子として皇位継承権を与えるなどの方法により、男系継承を守るべきだとの考えを示されている。小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は女性・女系天皇の容認を打ち出し、最終報告書の取りまとめに入ったが、この問題について皇族が考えを明らかにしたのは初めて。

 寛仁さまの意見が掲載されているのは、福祉団体「柏朋(はくほう)会」の会報。寛仁さまは「とどのおしゃべり―近況雑感」という題でエッセーを連載しており、その最新号で「政治問題で口出し出来ないのですが、会報は市販されておらず“身内”の小冊子と理解し『プライヴェート』に語るという体裁を取ります」と断って「女帝問題」を論じられている。

 寛仁さまはまず、「万世一系、一二五代の天子様の皇統が貴重な理由は、神話の時代の初代・神武天皇から連綿として一度の例外も無く、『男系』で続いて来ているという厳然たる事実」と強調。〈1〉皇籍離脱した元皇族の皇統復帰〈2〉女性皇族(内親王)に元皇族(男系)から養子を取れるようにし、その方に皇位継承権を与える〈3〉廃絶になった秩父宮や高松宮の祭祀(さいし)を元皇族に継承してもらい、宮家を再興する――などの方法を挙げられている。

 その上で、「陛下や皇太子様は、御自分達の家系の事ですから御自身で、発言される事はお出来になりません」とし、「国民一人一人が、我が国を形成する『民草』の一員として、二六六五年の歴史と伝統に対しきちんと意見を持ち発言をして戴(いただ)かなければ、いつの日か、『天皇』はいらないという議論に迄(まで)発展するでしょう」と結ばれている。

 天皇や皇族は憲法上、政治的な権能を有しておらず、有識者会議はその意見聴取をしていない。


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民草の祈り 〜三笠宮寛仁親王殿下のエッセーを拝して 〜

今日の新聞に掲載された三笠宮寛仁親王殿下のエッセー要旨を拝して、誠に恐れ多いことと、思わず胸迫るものがありました。

「九重の悩む御心思ほへば手に取る屠蘇も飲み得ざるなり」

吉田松陰の歌ですが、御心を休め奉らんことこそ、民草の尽きせぬ願いであります。このような議論を親王殿下にご発言賜ること自体、本当に申し訳ないことであります。

すめろぎにつかへまつれる民草と生れにし幸をしみじみ思ふ

すめろぎのしらしめしたるこの国に民とし生きむことぞ嬉しき

御民我れ生けるしるしあり天地の栄ゆるときにあへらく思へば(古歌)

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