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2005年10月 3日 (月)

徒然草〜吉田兼好と小林秀雄〜

つれづれなるままにひぐらしすずりにむかひてこころにうつりゆくよしなしごとをそこはかとなくかきつくればあやしふこそものぐるほしけれ

兼好法師の書かれた「徒然草」について、小林秀雄氏が書いた文章があった。
第五十段の鬼になりたる女の話について書いていた。
風評が一世を風靡すること、決して平安・鎌倉の昔の話ではない。
今も眼前に幾らでも見出すことの出来る世間の出来事である。

あちらに軍国主義の化け物が出た、こちらに戦前に回帰する愛国心が出た、右往左往するさま、果ては闘争にまで発展してけが人まで出す。ソックリそのままの世情である。

「鬼」は時代によって変るのだろうが、世間人心の中にしか存在しない虚構だということは、既に兼好法師が言っている。

つれづれなるままに、ひぐらしすずりにむかひて こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなくかきつくれば、あやしふこそものぐるほしけれ

一体この法師には何が見えていたのだろう。

鬼に惑う都の人々の様を「鬼に虚言」とさらりと断じる同じ人が、土大根が化けて好み食べる武士を助ける話しや、豆殻で豆を煮ている音に「何で俺を煮てこんなに苦しい目にあわせるのか」「俺も燃やされて苦しいが、俺のせいではない。そんなに恨むな」と言い合うのを聴いた法師の話をそのまま載せている。

小林秀雄氏が「リアリスト」という言葉を使うとき、これらをそのまま受け取ることの出来る強靭な精神の持ち主のことを指したのだと思う。

ふと、思ひ立ちて、「徒然草」二百四十三段を一気に読み切った。
何でそんな気になったのか、「つれづれなるままに〜」といふ言葉がちらちらと思い浮んで来ては消えず、序段ばかり諳んじていても、その中身を知らで、何かはいうべきと、読み始めたところ、半日ばかりで一気に読んでしまった。

今、二百四十三段を読んだ。これまで人に聞いた話や昔聴いた話ばかり書いてきた兼好法師が、ここで突然、八歳の頃にした父との問答のことを記している。恐らくは晩年に記したものであろうか。幼少の頃、父に対して「仏とは何か」としつこく訊ね、最後には「空よりやふりけん、土よりやわきけん」と、言ってはぐらかさざるを得ないところまで問い詰めた自分を思い出している。「問い詰められて、え答えずなりはべりぬ、と諸人に語りて興じぬ」父の姿を思い出し記した兼好法師は、泣いているのではないか。
父は、利発な自慢の息子を、だれかれとなく自慢していた。健やかに育ち、立派な人物となることを願いまた信じてくれていた。そんな父の優しい笑顔を思い出して、堪らない気持ちになったのだ。したり顔をして思いつくままに書いてきたけれども、もう書くこともない。父の思いに向き合うことが出来たのだから。いや、このことに至るために、ここまで書き散らした言葉もあったのだ。そんな風に思えてくる。肉親のことを書いたのはここがはじめてで、ここで終わっていることを見て、兼好法師が父の袂に帰ってきたと思っても強ち間違いではなかろう。「とにもかくにも、虚言多き世なり」と嘆息せざるを得なかった法師の目に映じた世のまこと、それは人の真心ではなかっただろうか。

「その物につきて、その物を費しそこなふ物、数を知らずあり。身に虱あり、家に鼠あり、国に賊あり、小人に財あり、君子に仁義あり、僧に法あり。」

「死期はついでをまたず。死は前よりしも来らず、かねて後ろに迫れり。人皆死ある事を知りて、まつこと、しかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。」

「心は必ず事に触れて来る。かりにも不善の戯れをなすべからず。」

「事・理もとより二つならず。外相もし背かざれば、内證必ず熟す。しひて不信を云ふべからず。仰ぎてこれをたふとむべし。」

「よき細工は、少しにぶき刀をつかふという。妙観が刀はいたくたたず。」

「萬のとがあらじと思はば、何事にもまことありて、人を分かずうやうやしく、言葉すくなからんにはしかじ。男女、老少、皆さる人こそよけれども、ことにわかくかたちよき人の、言うるはしきは、忘れがたく、思ひつかるるものなり。
萬のとがは、馴れたるさまに上手めき、所得るたるけしきして、人をないがしろにするにあり。」

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