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2005年9月16日 (金)

中西輝政先生の論文を読んで

文芸春秋10月号で、京都大学の中西輝政教授が書かれた「宰相小泉が国民に与えた生贄」というい小論は極めて興味深い内容だった。

今回の小泉首相が使った手法は、日本では真新しいものだったが、イギリスを始めヨーロッパでは寧ろ旧聞に属する手法である、ということである。しかも、それは極めて苦い歴史の記憶と共にあるというのである。

中西先生は今回の選挙を、「劇場型政治」というよりも、より一段激しい「コロセウム型政治」であると断じる。コロセウムとは、古代ローマで行われた見世物で、剣闘士が殺し合いを演じ、それを観衆が熱狂した、場を示すものだ。「刺客」など血生臭い言葉が乱発された衆議院選挙の本質を突いた言葉であると思う。

イギリスの例として中西先生が挙げるのが、1918年、ディビッド・ロイド・ジョージ首相が行った「クーポン選挙」であるという。

自由党に属するロイド=ジョージは、自他共に許す「一匹狼」の政治家だった。第一次世界大戦に苦戦していたイギリスはこの一匹狼に賭けるしかなく、1916年、自由党と保守党の二大保守が手を携え、戦時連立内閣が誕生する。

ところが、第一次世界大戦後、自由党内に、戦時中の独裁的な政策に対する不満が噴出し、8年ぶりの総選挙はロイド=ジョージを信任するか否かが焦点となる選挙となった。

そのとき、ロイド=ジョージは、自由党内でも、自分に反対するものは公認せず、逆に、自らを支持する候補者には、公認証書をどんどん配った。それがクーポン(配給券)と呼ばれたのは、大戦中の食糧配給の記憶がさめやらず、「クーポンさえ貰えば食ってゆける」という揶揄でもあった。

自由党党首であり、前首相でもあるアスキスら、党内の「抵抗勢力」は強く反発し「名誉革命以来の伝統ある自由党を壊そうとするのか」と非難、それに対しロイド=ジョージは「それはむしろ名誉ある破壊であり、与党のためでなく、イギリスのためだ」と大見得を切った。

派手な対決型選挙の相手方にされると、実際以上に無能に見える。つまり、この手の「クーポン選挙」をやれば仕掛けた方が勝つ。なぜなら、クーポンをもらえなかった政治家は最初から負け犬のイメージが固定化されてしまうからだ。

結果として、このとき、ロイド=ジョージ連立政権は707議席中478席を占め、自由党の反ロイド=ジョージ派は大幅に議席を減らし、前首相のアスキスまで落選するという事態となった。

選挙後の党内に噴出した怨念は、結局は党を「死に至る運命」に陥れることになる。

自由党は分裂に分裂を重ね、解体していく。そして、イギリスの政治は混迷し、結局ヒットラーの台頭に有効な手を打つことさえ出来ない状況に陥り、1929年の世界大恐慌では先進国では異例の餓死者を出すまでに至ったという。

この混乱の記憶は、安易なポピュリズムに迎合して議会政治にカオスをもたらした汚点として総括されているという。

「イギリスをはじめ先進国の民主主義は、20世紀前半の二つの大戦の間に、ポピュリズムの大波を経験した。民主主義においては、旧来の利益配分型政治が通用しなくなった段階で、必ず大衆人気に迎合する政治家が出現する。しかし彼らが持ち込んだポピュリズムが、その国の政治史に巨大な負の遺産になったということも、西欧人は歴史的記憶として刻まれている。そもそもヒットラー自体もポピュリズムのなかから登場したのだから。」

大幅にはしょって紹介してきたが、小泉劇場が、この轍を踏まないという確証はない。憲法改正さえ発議できる327議席を確保した連立与党。この巨大な権力は一体何を目指すというのか。

ちなみに、「ポスト・ポピュリズム」に至るためにどうしても必要な条件を4つ、中西先生は挙げられている。

その1、政党自身が、官僚に頼らずに政策を策定する能力を持つこと。

その2、指導者が高い言語能力を持つこと。

その3、官僚機構を完全に統制する力。

その4、国民全体が「政治的真面目さ」を取り戻すこと。

詳細を知られたい方は、もとの論文をお読み下さい。

最後に、中西先生は、不気味とも言える予言をしている。

小泉劇場に慣らされた国民は、普通の政治には興味を示さない。しかも、今回「刺客」が跋扈する「小泉クーポン選挙」で”血の味”まで覚え、ひたすら、もっと強い刺激を求めるようになる。〜略〜この酩酊状態から醒めるには、時間がかかるだろう。国民一人一人が、無益な格闘劇にはもう飽き飽きだと思うまで、夥しい血が流され、死体が山積みになるだろう。だが、ポピュリズムのはなはだしい害悪を、我々自身の身体をもって、傷口から地を流して覚えなければ、日本の政治は「ポスト・ポピュリズム」の段階には入れない。〜後略〜

この論文は、選挙結果が出る前に書かれたものだが、連立与党圧勝の結果が出た今、よほど不気味に読める。

中西論文では触れていないが、9・11総選挙の特集で、東京大学の御厨教授が「日本型組織」自民党の魔力」という見出しで一文を草しておられるなかで、なぜかくも強力なリーダーシップの発揮が可能だったのか、橋本行政改革について触れている。

「内閣府と内閣官房の権限が高められ、派閥調整型の党運営とは無関係に総理のリーダーシップが発揮できるようになった」「さらに小選挙区制の導入で、自民党は、ムラ政治の「談合型」から、近代的な「中央集権型」に変わってきた」「内閣中枢が、官僚や学者を直接抱え込むこともできるようになった」

御厨教授自身は、こうした制度分析は、あまり意味をなさないかもしれないといわれているが、目配せをすることは大切なことだと思われる。

〜政治学では説明できない「日本型組織」ならではの秘密〜という謎めいた言葉で表現をしている点を見ると、この方は、「日本型政治学者」なのだな、と感じる。

小泉による圧勝の連立与党が、日本の課題に対してどのように取り組もうとするのか、これからをこそ、国民は注視していかねばならないのではないかと思う。

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