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2005年9月 8日 (木)

終盤戦を迎えた衆議院選〜有権者と候補は相似形〜

選挙戦もようやく終盤戦を迎えようとしている。
さて、この一月間、果たして議論は深まったのだろうか?

それはあまり期待できない。もともと実のある議論ではないのだ。

衆議院選挙の運動期間12日というのは確かに長い。多くの有権者と会い、訴えて行くのに、上辺だけの偽りの言葉は通用しない。各候補とも、自らの信念を訴えざるを得ない。当然、信念の脆弱な候補は、目のある有権者には透かし見られてしまうのである。

思えば、選挙とは残酷なものである。その人物のすべてが俎上に上げられ、捌かれるのである。

有権者の資質以上の当選者は出ない。その意味で、その選挙区からどの国会議員を選んだかということは、その地域の有権者の資質を図るほとんど唯一の客観的なバロメーターと言えるだろう。

思えば、恐ろしいことなのだ。

産経新聞に、無党派層が動いた、として次のような言葉が書いてあったのは印象的だった。「一票は微力ではあるが、無力ではない」

少なくとも、「微力」を尽くして、自らの最高の英知と良識を持って、候補を選ぶという、国民の権利を行使しようではないか。

一票の重み、というのは、有権者の誇りではないか。

棄権というのは、多くの場合、誇りをかなぐり捨てる行為でしか、ありはしないのだ。選ぶ候補がいないのであれば、白票を投ずるべきであろう。

投票もせずに、政治家がだらしがないだなんだというのは、勝手ではあるが、そのような身勝手な人物が多ければ、それに見合った身勝手な議員が出てくるのである。やはり、合わせ鏡でしかないのである。

選挙戦はあと3日であるが、この3日間、真剣に考え、この国の舵取りを誰に任せるのか、徹底して考え、そして11日の投票日に、その結論を投じることとしよう。

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