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2005年9月

2005年9月28日 (水)

和歌から見えてくる日本人の生き方

「名歌でたどる日本の心 スサノオノミコトから昭和天皇まで」

日本人の暮らしの中にはいつも、歌があった−

和歌から見えてくる日本人の生き方


書店で見つけた、小柳陽太郎先生は、「教室から消えたものを見る眼、歴史を見る眼」(草思社刊)の著者でもある。国民文化研究会の副理事長を長く勤められ、僕も何度か謦咳に接したことがある。おやさしい方である。

書店でこの本を見つけたときには、だから、先生に再会したような感じを覚えた。勿論すぐに手に取り、購入する書籍の中に加えた。

概念でものを考えること、頭でものを考えること、それだけで、日本の歴史の深奥に触れることは出来ない。そのことを厳しく教えられたのが、国民文化研究会での合宿教室であった。

和歌を詠むこと、それは、概念でものを考えるのでなく、人の心をしっかりと受け止め、感じ取ることを学ぶことでもありました。それは、自分自身の感動を見つめることでもありました。

日本の歴史に登場する人物の多くが、和歌を詠んでいます。遠い神代の昔から、現在に至るまで、思うことを歌に歌い晴らしてきたのが日本民族の一つの特質であったと言えるでしょう。勿論、和歌なんて軽蔑する人も居るでしょう。しかし、深く知った上で軽蔑している人は、果たしてどれだけ居るか。そしておそらく和歌は、日本人であるならば誰でも、そのリズムに乗って心を歌い晴らすことの出来る言葉の型なのです。

そして、最も重要なことは、万葉の昔から現在に至るまで、和歌の伝統はどぎれることなく続いてきました。それが何を意味するかといえば、多少の用語のことはさておいて、古の人が詠んだ歌を直接詠んで感じることが出来るのです。これはすばらしいことではないでしょうか。

例えば、武田信玄の歌をはしがきで紹介しています。

軍兵(ぐんぴょう)は物言はずして大将の下知(命令)聞く時ぞいくさには勝つ

という歌があります。「いかにも武士らしい力のこもった歌」と述べていますが、そのまま、そうだなと感じ取れるしらべがあるでしょう。

しかも、

霞(かす)むより心もゆらぐ春の日に野べの雲雀(ひばり)も雲に鳴くなり

これも又信玄の歌です。「春霞がかかると、もうそれだけで「心もゆらぐ」という、自然に溶け込んだ美しい歌もある。私たちはこの歌を通して、これまで知らなかった信玄の心を、それこそ「直接に」知ることが出来るのです。」と述べています。

武田信玄という武将の名前は、殆どの日本人が知っていると思われますが、このように直接に知ることが出来るということを、今の日本人はどこまで知っているでしょうか。昔の人の心と直接に触れ合うことが可能だということは、日本の歴史にどれだけ大きな恩恵をもたらしたことか、また今でもこちらから心さえ開けば、無限とも言える宝庫があるのか、計り知れないといわねばならないと思います。

まだ読んでもいない本を紹介したいと思った理由を、少しでもお伝えできたでしょうか。なにとぞ、手に取って、1ページでも眺めてみてほしい。そんな願いを込めてご紹介いたしました。

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2005年9月25日 (日)

忘れられた歌人・国学者 房内幸成

「天朝の御学風」という本の著者である。昭和19年にこの本は成った。

不知火という歌集と、民族の慟哭という著書のあることが確かめられた。

三井甲之氏に師事し、その教えのまにまに、明治天皇御製を拝誦する日々を送った方である。

鹿児島に生まれ、群馬でその生涯を閉じられた。

戦前、戦中、戦後の激動の中で、日本民族の本然を貫かれた一人である。

「言の葉の道」という文章が「天朝の御学風」に収められている。

「国語が歴史と伝統とを伝へてきたといふことは、国語そのものに歴史と伝統とがあるといふことでもある。従つて言の葉の道にたづさはる者はすべて歴史の継承者、伝統の体現でなければならない。」

その一念を貫かれたのは、まさに著者自身であられたことと拝される。

出身校の出水高等学校の校歌は、房内幸成氏の作詞だということで、学校のHPでは、特に校長先生が調べられた房内氏についての論文を掲載しておられた。

戦後の風潮の中で、その学風は受け入れられることはなかったが、それでもこの国の国土に根ざす人々に、その息吹を伝えていかれたことが伺える。貴重な論文であり、校長先生に感謝申し上げたい。

また、鹿児島の矢筈岳の山頂に、次の歌碑があるそうだ。

 『草も木も なびかさんとや 梓弓 矢筈が岳に 登る楽しさ』
                   寛政4年3月4日 高山彦九郎作  房内幸成書

高山彦九郎は群馬県新田郡の出身で、高山神社まである。光格天皇の御世の人である。
薩摩行は、後に、幕末の志士の一人、平野国臣が高山彦九郎に倣って行った。

そのとき、平野国臣が詠んだ歌は「吾が胸の燃ゆる思ひに比ぶれば煙は薄し桜島山」であるが、これは余談。

高山彦九郎は上州から薩摩に、房内幸成氏は薩摩から上州に、これも何かの縁なのであろう。

一度行って見たいものだ。

山と無線を楽しむ会の方に、篤く御礼申し上げます。勝手に使わせて頂きました!)

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2005年9月16日 (金)

「世界が裁く東京裁判」が、八重洲ブックセンターでベスト1に!

本ブログでも紹介させて頂いた「世界が裁く東京裁判」が、八重洲ブックセンターで堂々ベスト1に入りました!!

また「抹殺された大東亜戦争」もベスト10に入っています。

http://www.yaesu-book.co.jp/best-seller/4f.htm

大東亜戦争の見直しのためには、東京裁判の批判的分析がなされねばなりませんし、また占領軍が行った検閲の実態について、より深い研究がなされねばならないということを思うとき、この2著が共にベスト10入りしたことは、大きな意義があると思われます。

お薦めの2著です。

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中西輝政先生の論文を読んで

文芸春秋10月号で、京都大学の中西輝政教授が書かれた「宰相小泉が国民に与えた生贄」というい小論は極めて興味深い内容だった。

今回の小泉首相が使った手法は、日本では真新しいものだったが、イギリスを始めヨーロッパでは寧ろ旧聞に属する手法である、ということである。しかも、それは極めて苦い歴史の記憶と共にあるというのである。

中西先生は今回の選挙を、「劇場型政治」というよりも、より一段激しい「コロセウム型政治」であると断じる。コロセウムとは、古代ローマで行われた見世物で、剣闘士が殺し合いを演じ、それを観衆が熱狂した、場を示すものだ。「刺客」など血生臭い言葉が乱発された衆議院選挙の本質を突いた言葉であると思う。

イギリスの例として中西先生が挙げるのが、1918年、ディビッド・ロイド・ジョージ首相が行った「クーポン選挙」であるという。

自由党に属するロイド=ジョージは、自他共に許す「一匹狼」の政治家だった。第一次世界大戦に苦戦していたイギリスはこの一匹狼に賭けるしかなく、1916年、自由党と保守党の二大保守が手を携え、戦時連立内閣が誕生する。

ところが、第一次世界大戦後、自由党内に、戦時中の独裁的な政策に対する不満が噴出し、8年ぶりの総選挙はロイド=ジョージを信任するか否かが焦点となる選挙となった。

そのとき、ロイド=ジョージは、自由党内でも、自分に反対するものは公認せず、逆に、自らを支持する候補者には、公認証書をどんどん配った。それがクーポン(配給券)と呼ばれたのは、大戦中の食糧配給の記憶がさめやらず、「クーポンさえ貰えば食ってゆける」という揶揄でもあった。

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2005年9月14日 (水)

日本の変質 -小泉自民党勝利の光と影-

 小泉劇場の満員御礼の札が下がり、連立与党未曾有の大勝を記録した衆議院選挙から2日が経過した。

 懸念された良質な伝統保守派の無所属候補もよく健闘し、その多くが国会に戻ることが出来た。「刺客」を放った目的が、話題づくりであって、必ずしも反抗者を蹴落とすことだけに置かれたのではないことが、今となっては明らかになったといえるかもしれない。

 「刺客」たちは比例復活をあらかじめ約束され、つまりは当選することは確定した上での小選挙区出馬だったのだから。その意味では、「劇場」選挙とは言いも言ったり、やりもやったり、である。

 しかし、国会の構成が与党大勝で、小泉にはほぼフリーハンドとも言える、強大な権力が集中したことになる。衆議院の3分の2を抑えたことにより、参議院は完全に死に体になった。そこで何を議論しようとも、否決しようとも、衆議院では再度可決されることが見えているのだから、問題にならない。

 衆議院自体ではどうだろうか。今回の自民旋風が次も起こるなどということは誰も思わないだろうが、それでも「刺客」を立てられ、公認を外されるということの恐ろしさは、全議員に染み渡ったといえるだろう。「郵政民営化、イエスか、ノーか」という迫り方をされた場合、反対意見を述べ、そのように行動するだけの勇気を持つ議員が居るだろうか。

 「○○○○、イエスか、ノーか」、クイズ番組ならそれもよかろう。

 しかし、議会制民主主義の最大の利点である、最大多数の最大受益の実現からは遠くならざるを得ないだろう。都市部の無党派層が政局を左右するキャスティングボードを握ったとするならば、この気まぐれな、一貫性の無い、大衆の動向がこの国の運命を左右するようになったということだ。これは、日本の共同体が風化して解体した証拠であるといえよう。

 なるほど、政党は同じ政策と理念を掲げるものにより手を組むべきである、という議論は正論である。しかし、国家社会万般の事象に対して全て同じ意見を持つ集団が、果たしてあるのだろうか。もともと1人1人考え方も生きてきた背景も違う人間が手を組んでいるのである

 単なる権力を取るための野合、数合わせの政治に飽き飽きし、ただ一点、郵政民営化に反対か賛成かで二者択一を迫り、勝ち組を演出したのはよかろう。しかし、争点となる別の論点ではまた別の二者択一が迫られるだろう。この二者択一で踏み絵を踏ませていくことにより、議員としての躍動した思想営為が摩滅させられることは、国家にとって何よりの損失ではないのか。

 戦後教育により、日本的共同体は最早風前の灯火の如くである。それでいて、メディアは弱みを見せた組織に対して、共同体としての責任を迫り、徹底的に陥れていく。「正しさ」自体が問われることは無い。

 「正しさ」こそが、最も危険な要素となり得るのである。

 「善人尚以て往生す、況や悪人をや」と述べた親鸞聖人は、あるいは、自分が善人だと思う人間でさえ極楽に生まれるというのだから、自分が至らないところも多い悪人であるという自覚に立って謙虚に生きている人間が往生しないはずはない、という意味で述べたのではなかろうか。

 今、善人ばかりの、生き難い世の中になった。

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2005年9月12日 (月)

政治日程に上る憲法改正〜思考停止に陥ってはならない〜

自民党は、小泉劇場のマジックによって、党の理念と全く関係ない人々を抱え込むことになった。この問題は後々大きな禍根を残すことになると思うが、それはそれとして、公明党との連立により、与党勢力は憲法改正に必要な3分の2を超えた。更に、国民新党4名、無所属の郵政民営化法案反対派から勝ち上がってきた13名、また民主党内の保守系議員を加えれば憲法改正の発議の可能性は確定したといっても言いすぎではない。

憲法改正は、政治日程に乗る可能性が大いに高まったといえよう。

小泉率いる連立与党政権は、55年の保守合同でも達成できなかった改憲発議議席を獲得したのである。産経新聞の見出しが「歴史的大勝」としたのも決して大げさではない。

改革の本丸が憲法改正であることは、自明である。

郵政問題は瑣末な問題に過ぎない。但し、それのみに問題を単純化し、イエスかノーかの二者択一を国民に突きつけたことは、問題の答えがあたかもその二つしかないかのように、議論を誘導するのである。イエス・バットは基本的に許されなかった。思考停止選挙ということが出来るだろう。

憲法改正についても、同じことが起こる恐れがある。

自民党が抱え込んだ議員の中には、理念的には革命派と言っても過言ではない人もいる。このままいけば、反日本的な改憲になる可能性を否定できない。ホリエモンのような戦後的人間の跳梁跋扈が、これからの日本の針路を大いに危うくするであろう。これこそが、現在最も警戒すべき課題であろう。

真の保守派は、今こそが正念場であることを銘記して、”国体護持”を図らねばならない。

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小泉劇場とローマ帝政におけるポピュリズム

現在の議員内閣制でも、小泉首相が示した方法を踏襲すれば強力なリーダーシップが発揮されるであろう。ただしそれは国民の多くが支持した場合に限る。

今回の自民圧勝劇は、小泉劇場の興行の成功というべきもので、オーナーの自民党はそれによってにわか景気に沸いている。しかし、そのポピュリズムの政治は、政党政治も、議員内閣制も吹き飛ばす可能性を内包しているといえよう。

それは、国民の変質に深く関わる問題である。ポピュリズムは気まぐれである。もともと大衆というものは気まぐれで無責任なものだ。独裁者はそこから生まれるのだが、独裁者に与えられた全権はポピュリズムに捧げられることになる。そしてポピュリズムの気まぐれが飽和状態になったとき、独裁者は血祭りに上げられるのである。

これは、ローマ的帝政そのものである。

カリグラ帝は、ポピュリズムに迎合した結果、国家財政を破綻させ、4年で身を滅ぼしてしまった。
劇場型政治の行き着く先は決して明るくない。

郵政民営化の賛否のみを問うた解散・総選挙。では、郵政民営化法案を通した後はどうするのであろうか。「改革」のネタを次々と見出して、変えるべからざるものにまで手を付けて取り返しの付かないことをしないよう願うばかりである。

(ようやく続刊された「ローマ人の物語〜悪名高き皇帝たち〜」を読みつつ)

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統治権力の正統性について〜単純小選挙区の導入が捩れを解消する〜

衆議院選挙の結果が出た。
自民党の圧勝である。
「保守」こそ政治の主流であるべきと考えるものとして、自民党が本来の保守政党であれば、この結果は喜びこそすれ、憂うる理由はない。

しかし、自民党は小泉劇場選挙のカラクリのために、自民党の理念とは懸け離れた人材さえ投入し抱え込むことになってしまった。また、すべてとは言わないが、郵政民営化反対派の中にいた良質な保守派議員を切り捨ててしまった。その半ばが、無所属、あるいは新党によって勝ちあがってきたとはいえ、どのような情勢になるかは不透明といわざるを得ない。

コスタリカ方式というのもきわめて不明朗な制度である。比例と小選挙区で交互に出馬して2議席を確定するという方式は、有権者による審判の意味を不確実なものとしてしまう。小選挙区で落選して比例制度で復活するというのは、有権者からすれば納得の行かないものである。

この選挙制度から最大の利益を得ているのは、公明党である。公明党は自民党との連立を組み、選挙協力をすることによって、小選挙区では自民党候補を通し、比例区において公明党を通すという捩れ選挙を常態化した。

連立与党であるとはいえ、さまざまなレベルでの政策の違いは明白であるにもかかわらず、小選挙区では自民党、比例区では公明党というのは、有権者の政治に対する意思を混乱させるだけの意味しかない。

しかし、社民党や共産党の退潮が示しているように、小選挙区においてはイデオロギーや特定の宗教団体が背景にある政党が不利になるのは見やすい道理である。薄く広く広がっている同質性のきわめて高いイデオロギー団体が、小選挙区において比較少数になることは避けられないからである。公明党もこの憂き目を見るところを、自民党との連立による、選挙協力という戦略をとることによって窮地を凌いできたのである。

小選挙区では、数千から数万というレベルのまとまった票がどのように動くかは決定的な意味を持つことから、公明票は小選挙区においてキャスティングボードを握ってきたのである。

こうなると、もはや自民党と公明党は選挙レベルで分離不可能なほどに癒着してしまっているといえるだろう。理念が違っても、勝たなければならない。候補にとって死活問題であるからである。

ねじれを解消する方法は一つしかない。比例区の廃止である。単純小選挙区制は二大政党制を目指すならば最も適した選挙制度であろう。また、これは間接的ではあるが、事実上の首相公選制となるのである。自民党と公明党が癒着する理由もこれにより消滅する。最も判りやすい改革であると思われる。

しかし、一国の統治権力の正統性は、現在生きているもののみによるものでありはしない。

統治権力の在り様を決定するのは、歴史である。日本においては、日本の歴史・文化・伝統の象徴であり体現者である天皇なのである。形式的な政治学で規定できないという理由で排除することは出来ない。統治権力の正統性は、天皇と国民の間にあるのだ。

単純小選挙区制の導入によっても、その重さはいささかも変わらないのである。

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2005年9月 9日 (金)

衆議院選挙、あと一日

衆議院選挙もあと一日を残すところとなった。
ここまでくると各陣営とも手ごたえが見えてくる。
明日一日で、決まるのだ。
小選挙区では、たった一人しか当選しない。そこに、各陣営とも凌ぎを削り戦っていくのである。小さいパイの奪い合いという凄惨な様相を見せる。
これは、儀式化された権力闘争なのだ。
これが極大まで大きくなれば内戦になるのである。
とにもかくにも、公職選挙法というルールがあり、それに基づいてすべての事務が執り行われていく。投票に不正はないという信頼感だけは、投票に行かない層であっても持っているのだろう。

小選挙区では、票の内訳が相当透明に見えてくる。
地域の構成から割り出していくことが可能になる。
民意というものの正体がおぼろげに浮かび上がる。

アメリカの大統領選挙でも、投票箱がすりかえられたというような不正のネタが常に持ち上がるが、日本では仮にそんなことがあったら、大変なことになるだろう。

いまどき、金を配る候補も居まい。連座制ですぐにアウトになるからだ。この規制がなければ、ホリエモンのようなトリックスターが常に社会の根幹を揺さぶることになるだろう。

選挙の洗礼を受けるという言葉が示すように、権力の正統性の担保が、選挙という手段に求められているのだ。「国民主権」の意味は、まさにこの正統性の担保にあるといえよう。これは、徳川家康が天下統一したという意味の覇道の別形式なのだ。

これに加えて、日本の象徴天皇制は、正統性の根拠が、単なる覇道のみでは完成せず、日本統治の正統性の源泉である天皇位から委任されて始めて完成するのである。これが王道である。
王道と覇道の上に、日本の統治権力の正統性が確立するのである。
この構造については、まだまだ深い考察が必要なのであろう。

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2005年9月 8日 (木)

終盤戦を迎えた衆議院選〜有権者と候補は相似形〜

選挙戦もようやく終盤戦を迎えようとしている。
さて、この一月間、果たして議論は深まったのだろうか?

それはあまり期待できない。もともと実のある議論ではないのだ。

衆議院選挙の運動期間12日というのは確かに長い。多くの有権者と会い、訴えて行くのに、上辺だけの偽りの言葉は通用しない。各候補とも、自らの信念を訴えざるを得ない。当然、信念の脆弱な候補は、目のある有権者には透かし見られてしまうのである。

思えば、選挙とは残酷なものである。その人物のすべてが俎上に上げられ、捌かれるのである。

有権者の資質以上の当選者は出ない。その意味で、その選挙区からどの国会議員を選んだかということは、その地域の有権者の資質を図るほとんど唯一の客観的なバロメーターと言えるだろう。

思えば、恐ろしいことなのだ。

産経新聞に、無党派層が動いた、として次のような言葉が書いてあったのは印象的だった。「一票は微力ではあるが、無力ではない」

少なくとも、「微力」を尽くして、自らの最高の英知と良識を持って、候補を選ぶという、国民の権利を行使しようではないか。

一票の重み、というのは、有権者の誇りではないか。

棄権というのは、多くの場合、誇りをかなぐり捨てる行為でしか、ありはしないのだ。選ぶ候補がいないのであれば、白票を投ずるべきであろう。

投票もせずに、政治家がだらしがないだなんだというのは、勝手ではあるが、そのような身勝手な人物が多ければ、それに見合った身勝手な議員が出てくるのである。やはり、合わせ鏡でしかないのである。

選挙戦はあと3日であるが、この3日間、真剣に考え、この国の舵取りを誰に任せるのか、徹底して考え、そして11日の投票日に、その結論を投じることとしよう。

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