« 2005年7月 | トップページ | 2005年9月 »

2005年8月

2005年8月28日 (日)

第44回衆議院議員選挙の憂鬱

政治家の言うことなど、まともに聞いていられない世の中で、街頭で演説などしているのを見てせせら笑っているのもいいが、考えて見れば恐ろしいことではないか。

われわれは、われわれ自身の運命を、せせら笑っている対象にゆだねるのである。

せせら笑っているその笑いは、確実に自分に帰ってくるのである。

劇場選挙では、テレビへの露出度が多いほど有利であり、マスコミは、マスコミが作り出した思考停止の言語空間を逆手に取られるとどうにもならないことを露呈している。

小泉のパフォーマンス政治が優れているのか、マスコミが自分自身が使っている方法論には弱いということなのか。

しかし、真に恐ろしいのは、ポピュリズムである。

それは、衆愚政治を意味し、民主主義の末期症状である衆愚政治の次にくる政体は、独裁政治になりやすいからである。

独裁者は、民衆の圧倒的支持を受けて誕生するものである。

民衆の圧倒的支持があればきわめて強い権限を振るうことが出来るという教訓は、小泉首相が作ってしまった。

今回、小泉”自民党”がもし勝利するようなことがあれば、このポピュリズムが、日本の深部にまで入り込んだことを意味するだろう。

かといって、民主党が政権をとったならば、余りにも危険な要素が多すぎるのである。人権擁護法しかり、靖国問題しかり。

民主党は、蓑を着た革命政党であるが、小泉”自民党”も、多分にその要素を帯びてきたことが憂慮される。

つまり、今回の選挙戦では、どこが勝とうが、国民にとっては地獄への道しかない、ということになろう。

日本の世論は、時に微妙な選択をするという。今度も、公明党の跳梁跋扈を抑え、自民党の良識を回復させる状況が生まれ、民主党に風が吹かないという、「神風」が吹かないとも限らない。

日本人による、日本人のための、日本の改革の芽は、いわゆる郵政民営化造反組みの中にこそ多分にあると言えると思う。

小泉改革は、「自民党をぶっ壊す」だけでなく、「日本をぶっ壊す」ことになりかねない、というのが憂慮の原因なのだ。

軽薄に論じまわる気はさらさらないが、日本に迫る内憂外患の正体を見極める深慮こそが今必要であり、それに対する遠謀こそが練られねばならない時ではないか。

一億人前後の有権者の意思が、日本の将来を決することになる。
国政選挙とは、かくも厳粛な営みなのである。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2005年8月20日 (土)

「抹殺された大東亜戦争〜米占領下の検閲がゆがめたもの」の紹介

 この論文が単行本化されたことは、占領下の検閲が、日本人の心から何を奪い去ったのかを、まるで伏せられたカードをめくるように明らかにすることになるだろう。

 この戦慄すべき人間の精神への冒涜の歴史は、現在尚巨大な負の力となって日本を呪縛し続けている。このまま放置すれば、やがて、日本自体を衰亡の渕へ追い落とすであろう。

 検閲された言葉は、いわばミッシングリングとなって、日本人の自己認識を阻害し続けている。失われた言葉を取り戻すことによって、日本人は自己回復を成就することが出来るであろう。そのための、稀有な入門書なのである。

 生き生きとした実感を伴った言葉、戦後の公的な空間から締め出された、日本人の本当の声を取り戻すこと、それがこれから日本人が次の時代を創造するために必要不可欠な作業であると思われる。

 抽象的な言葉ばかり並べてしまって恐縮だが、是非この本を一度手にとって頂きたい。その舌足らずの衷情を、よく汲まれたい。

http://www.meiseisha.com/katarogu/massatusareta/daitouasensou.htm

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月18日 (木)

サンフランシスコ講和条約第11条について

東京裁判を考える上で、基本になる文献の中でも、一般の人にも手頃で読みやすく、しかも要を得た書といえば、やはり、清瀬一郎氏の「秘録東京裁判」であろう。

 清瀬一郎氏は、明治17年に生まれ、京都帝国大学を卒業、弁護士、法学博士となられ、大正9年に衆議院議員に初当選以来14回当選した。その間、文部大臣、衆議院議長などを歴任され、昭和39年に勲一等旭日大綬章を受けられた。
 極東国際軍事裁判(東京裁判)において、日本人弁護団の副団長として、元首相の東条英機被告の主任弁護人として活躍された。

 つまり、日本側の当事者として、「秘録東京裁判」は、第一級の現場証言と言えるだろう。

 

続きを読む "サンフランシスコ講和条約第11条について"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新しい歴史教科書、採択1%と朝日が報道

http://www.asahi.com/life/update/0818/002.html

(前略)
 調査によると、全国で来年度使われる歴史、公民の教科書数はそれぞれ約120万冊で、このうち7割程度の約80万冊分は市区町村教委での「採択」または採択地区協議会での「選定」を終えていた。
 採択結果を公表していたのは、全体の4割程度の約40万冊分。この中で扶桑社版の採択率は歴史が約0.9%、公民は約0.6%だった。

 ただ、現時点では、全体の5割以上の冊数分について教育委員会が採択結果を公表していないか、採択を終えていない。これらの教委や、教科書会社などに取材した結果、採択率は最終的に1%前後となる見通しとわかった。各教委は8月末に教科書採択を終える。これを受けて文部科学省は今秋、教科書会社別の採択率を発表する予定。

 17日現在で、扶桑社版の採択が明らかになっているのは、歴史・公民教科書の双方は、公立が栃木県大田原市と、東京都立のろう・養護学校など。東京都杉並区、東京都立の中高一貫校などは歴史のみを採択した。(後略)

 選定作業が7割で終了、4割が公表、という時点での集計作業ということになります。仮に1%に留まっても、前回の10倍の躍進、とは言えます。なりふり構わぬ中国・韓国の攻勢の凄まじさから考えれば、この伸びはそれなりに評価できるでしょうか・・・。少なくとも1万人を超える子供達が「新しい歴史教科書」で学ぶことが出来るようになったことは確実なわけですね。

 広島県内でも選定作業は終わっているところも多いはずですが、まだ公表されたという報道はなされていません。あるいは、文部科学省が公表するまで判らないのかも知れません。

 突然の衆議院選など、国政の混乱が悪影響を与えなければよいのですが・・・。

 市販本「新しい歴史教科書」「新しい公民教科書」が販売されていたので早速購入して、改めて確かめましたが、常識的かつ公平な内容で、教科書としても見易く、このような教科書で学べば歴史が好きになると思いました。

 聖徳太子の十七条憲法の要約が一条から十七条まで全て掲載されていましたが(P35)、(10)に、「考え方の違いで人を怒ってはいけない」とありました。「憤を断ち、瞋を捨て、人の違ふを怒らざれ」という冒頭の言葉を紹介したものですが、更に全文を読んでいけば、「共に是凡夫のみ」というあの有名な言葉が出て来るところでもあります。お互いが足らないところだらけの人間であることを認め合い、相手の言うことにも道理があり、自分にも間違ったところがあるかもしれないと、お互いがよく考え合うことによって、よりよきところに行き着くものであるはずですが、採択戦においては残念ながら、反対派の異常な挙措は相変わらずでした。元々「日本思想」などは軽んじて止まない人々なのだと思えば、あるいはそれも仕方ないのかも知れませんが、日本人ならば日本の先人の叡智に耳を傾けるだけの度量は持って欲しいものだと思います。

 同じページには、十七条憲法制定の図が掲げられています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月17日 (水)

平成 夏の陣

 国民新党が結成され、第44回衆議院選挙の枠組みが出揃いつつある。

 素人目にも、いかにも貧弱で小泉にしてやられたという感が拭えない。「まさか解散するとは」、まさか「公認をはずすとは」、まさか「落下傘対立候補を出すとは」、とまさかの連続で、あれよあれよと土俵際に追い詰められてしまったように見える。

 しかし、落下傘候補が善戦するとしても、その選挙区に民主党候補が出れば、正に漁夫の利を得て軒並み議席を奪う、ということだって決して有り得ないことではないだろう。「一気に政権交替へ」という民主党の掛け声にも力が入って当然だろう。

 してみると、小泉首相は、言われているように「自爆テロ解散」で、正に自らも潰し、反対派も潰すための解散をしたのだろうか。郵政・郵政と言い、それだけを対立軸にして、この小分裂劇を起こし、それぞれの候補を思うように配置していくやり方は、徳川幕府の「大名鉢植え政策」にも通じる、幕藩体制にも見えてくる。正に「夏の陣」というに相応しい、政治体制の変革を狙った解散劇なのか?などと思ってみても、その先に描かれている構想が見えるわけでもありはしない。

続きを読む "平成 夏の陣"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年8月15日 (月)

終戦60周年の8月15日

明日は、終戦60周年の8月15日。
昭和天皇の御聖断によって、日本は長い苦しい戦いにピリオドを打った。

爆撃にたふれゆく民の上を思ひいくさとめけり身はいかならむとも
身はいかになるともいくさとどめけりただたふれゆく民を思ひて
国柄をただ守らむといばら道すすみゆくともいくさとめけり
外国の陸に小島に残る民の上やすかれとただ祈るなり

「宮中見聞録」「皇室と国民」「側近日誌」を残した木下侍従次長が、切腹覚悟で独断で公表したと言われる、昭和天皇の終戦時の御製である。

昭和天皇の戦後は、正に慰霊の巡礼の旅であり、祖国復興の為の献身的な奉仕のご生涯であられた。

終戦の詔書は、日本国民たるもの、永遠にこれを拝承し、聖旨に添い奉るべきものと信じる。

国民が玉音放送で終戦を知った日、それが昭和20年8月15日の意味である。法律的な問題とは別の、民族の魂の記憶が、8月15日をして終戦の日たらしめた、と言える。戦後長くそのことに疑いを抱くものはなかったが、近年、「いや、8月15日は終戦の日ではない、法律的には9月2日降伏文書に署名した日だ」などという、賢しらな言挙げをするものが出てきた。確かにそうかもしれない。しかし、8月15日という民族の記憶の方が、遥かに重い意味を持つ日であることを忘れてはならないと思う。

 

続きを読む "終戦60周年の8月15日"

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2005年8月 8日 (月)

原爆・東京裁判・敗戦の原因

敢えて書きおく。原爆のことである。

原爆死没者の人々とその遺族の方々のこと。

そしてその放射線被害に一生付き纏われた被爆者の人々とその家族の方々のことである。

8月6日、広島への原爆投下から60年が経った。8月9日には、長崎への原爆投下から60年が経過する。

60年前を偲ぶに丁度よい、暑い夏の日々が続いている。

鳥居民氏が、「原爆を投下するまで日本を降伏させるな」という本を先般上梓した。
また、数年前のことだが、諏訪澄氏が、「原爆投下8時15分の意味」という本を世に問うている。

原爆投下を巡っては、日本で一番大きなシェアを持つ中学校歴史教科書が、広島原爆投下について、広島は軍都だったから原爆を投下された、と取られるような記述がなされていた。今回の改訂ではどうなったのか、確認はしていないが、20年ほど前から、「原爆が投下されたのは日本が悪い戦争をしたせいであり、仕方なかった」という率直な感想を、広島の中学生が述べるようになって一時問題になった。最近ではそのようなことは問題にさえならない。

では、日本人の頭上に始めて原爆が投下されたということの意味について、事実を踏まえた研究が何処まで深まっているだろうか。

続きを読む "原爆・東京裁判・敗戦の原因"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月 5日 (金)

「愛国心について」を読む  (1)

 いつ読んだのか、全く思い出せないにも拘らず、明らかに、かつてそのページを熱心に繰った跡がある蔵書に出会うことがある。不思議な邂逅である。

 そこに引かれた線は、その時、心に触れて光彩を放った言葉であり、その跡は、確かに自分の中に残っているものであるはずだが、その源が果たしてここにあったのかと、感慨無きを得ない。

 その驚きは、不思議な懐かしさを感じさせ、今再び、そのページを捲る自分自身の成長と共に、変らぬ理想と情熱の在り処を示してくれているのだ。

 この著者のものは、それほど多く読んだ記憶がない。この尊敬すべき人物への敬意は、却ってこの著者から自分を遠ざけていたように思える。それが今、このような新鮮な驚きと共に、かくも身近に、血肉ともなるイデアの源泉であった証しを発見して、愈々この著者への尊敬の念を深くするのである。

 その本の名は、「古典の世界から」であり、その著者の名は、「田中美知太郎」氏である。

 プラトン研究の第一人者である氏は、その知性の美というものを体現し得た稀有の人である、と僕は信じている。その信じる根拠は、出会いにあった。高校時代、何の雑誌であったか、氏の追悼特集号があった。それを手に取って何気なく読んだのが氏との邂逅であった。写真があった。決して整ったとはいえない顔立ちに、何ともいえない高貴な知性の輝きを見た。

 さて、「古典の世界から」を面白く読んだ。あとがきに、この本が著者の旧著の中から、若い編集者たちが今の若い読者のために選び出してまとめたものであったと記されている。氏は、「戦後20年の間に、ずいぶんいろいろのものが変ってしまった」と記す。また、選ばれた文章が「戦争中から戦後すぐの期間に書かれた」ものであると書き留めている。そして、「20年、わたしたちは何を得、何を失ったのだろうか。時代の嵐のようなものは、今日においてかえって激しさを加えているような一面があるとも言える。そのなかで静かに守らなければならないものは何なのか。」と問いかけるのである。この問いは、現在まで注意されることなく、更に40年もの年月を加えてしまったように思われてならない。

 「見る人に見てもらいたいようにも思う。しかしこれはわたしの自負ではない。むしろ今も悲しい思いが多いのだ」と記している言葉に、胸を突かれる思いがする。

 今回、改めて田中美知太郎氏の著書をざっと集めてみたが、思ったよりも時事的な発言が多くあった。しかもそれは現在から見てもその光彩を失わない、生き生きとした観察と本質を抉り出す叡智に満ちたもののように見える。

 全集を買いたいと思ったが、さすがに資力に余裕がない。ここに、その片鱗だけでも書き留めて、注意を引きたいと思う。

◆田中美知太郎全集(増補決定版全26巻)

1、『ロゴスとイデア』『善と必然の間に』
2、『哲学のために』『哲学初歩』他
3、『ソフィスト』『ソクラテス』他
4、『古典への案内』
5、ギリシア研究篇
6、近代思想と古代哲学
7、『ギリシア人の智慧』他
8、哲学的人生論
9、『思想の遠近』他
10、政治的関心
11、論壇時評
12、『ツキュディデスの場合』
13、『時代と私』 回想と追悼他
14、『人生論風に』『学問論』他
15、『巻頭随筆』 旅の至点他
16、『今日の政治的関心』他
17、批評的立場 書評(1)
18、『哲学談義とその逸脱』 書評(2)
19、『哲学からの考察』他
20〜22、『ソクラテスの弁明註解』他
23〜26『プラトン』

続きを読む "「愛国心について」を読む  (1)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月 3日 (水)

戦後60年決議の全文

ぼうふらのように何時の間にやら湧き出てきた、「戦後60年決議」の全文を紹介しましょう。

 ◇戦後60年決議の全文
 2日午後の衆院本会議で議決される「国連創設及びわが国の終戦・被爆六十周年に当たり、更なる国際平和の構築への貢献を誓約する決議」の全文は次の通り。

 国際平和の実現は世界人類の悲願であるにもかかわらず、地球上に戦争等による惨禍が絶えない。
 戦争やテロリズム、飢餓や疾病、地球環境の破壊等による人命の喪失が続き、核兵器等の大量破壊兵器の拡散も懸念される。
 このような国際社会の現実の中で、本院は国際連合が創設以来六十年にわたり、国際平和の維持と創造のために発揮した叡智(えいち)と努力に深く敬意を表する。
 われわれは、ここに十年前の「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」を想起し、わが国の過去の一時期の行為がアジアをはじめとする他国民に与えた多大な苦難を深く反省し、あらためてすべての犠牲者に追悼の誠を捧(ささ)げるものである。
 政府は、日本国憲法の掲げる恒久平和の理念のもと、唯一の被爆国として、世界のすべての人々と手を携え、核兵器等の廃絶、あらゆる戦争の回避、世界連邦実現への道の探究など、持続可能な人類共生の未来を切り開くための最大限の努力をすべきである。
 右、決議する。
 平成十七年八月二日


続きを読む "戦後60年決議の全文 "

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2005年7月 | トップページ | 2005年9月 »