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2005年7月13日 (水)

しきしまの道について   その1

 和歌の勉強には、万葉集を声に出して繰り返し読むのが一番、ということですが、いきなり万葉集を買ってきても、中々取っ付き難いかも知れません。

 でも、やはり一応手元にあったほうがよいでしょうね。色々ありますが、角川文庫の万葉集上下、岩波文庫の万葉集(白文もあるので注意。これはまず読めません) 文庫で一番いいのは旺文社文庫の万葉集上中下なのですが、これはちょっと手に入りにくいかもしれません。その他無数に出版されていますので、どれかは手元に置いて下さい。

 万葉集の入門書は、これまた沢山の人が書いています。

 本当は正岡子規の「歌よみに与ふる書」をお薦めしたいのですが、これは最初からは少々取っ付きにくいかもしれませんので、気軽に読めてじつは深いというやつでは、新潮文庫に入っている犬養孝先生の、「万葉のいぶき」「万葉の人々」などをお薦めします。万葉学者と呼ばれ、大和路を行幸された昭和天皇に、天の香具山の頂上で、万葉集のご進講をされた方です。ちなみに、昭和天皇は昭和60年の歌会初めの御製で、
    
    「旅」
遠つおやの しろしめしたる 大和路の 歴史を偲び 今日も旅ゆく

という御製(天皇陛下の御歌のことを、「ぎょせい」と申し上げます)を詠まれました。

 まずは、いいなあ、と思える歌を見つけることだと思います。そして、それを暗誦して繰り返し繰り返し口にしてみるのです。そういう歌が幾つも増えてくると、そのうち、自分でもその言葉を使って、歌を作りたくなってきます。


言葉と、心と、事、これらは相通って私たちの内と外に満ちています。

思ふこと 思ふがままに 言ひてみむ 歌のしらべに なりもならずも

明治天皇は、このようにおさとしになられました。また、

まごころを うたひあげたる 言の葉は ひとたび聞けば 忘れざりけり

ともお詠みになられています。そう、和歌は、しきしまの道は、「まごころ」を磨くための修練でもあるのです。

だからといって、固くなることはありません。

「思ふこと」を「思ふがままに」言葉にしてみればよいのです。そして、なるべく「5・7・5・7・7」の31文字(「みそひともじ」と読みます。文字数ではなく音で数えます)の姿に整えていくのです。そのためには、言葉をえらばなければなりません。

むらぎもの 心のうちに 思ふこと 言ひおほせたる 時ぞ嬉しき

 心の中のもやもやした思いに、ピタッと合う言葉を見つけて、それを表現できたときの嬉しさといったらたとえようもありません。その歌は、自分の分身なのです。その歌を見ると、ああ、今、自分は、悲しいのだな、とか、ああ、今、自分は、嬉しいのだな、と、自己を客観的に見ることが可能となります。そして、その姿を見て、自らの姿勢を内省することが出来るのです。

 こうした、和歌の道は、始めての人でも本当に良い歌が詠めることもありますし、また、長年和歌を作りなれている人でもなかなか詠めないこともあるわけです。

 ここが不思議なところで、渡部昇一氏は、日本人は、万葉集以来、「和歌の前の平等」ということを実現させてきた民族だ、と指摘しています。

 「まごころ」こそが、日本人の最高の評価基準だということになります。身分の上下も、富貴も貧困も、男も女も、老いも若きも、関係なく、和歌にまごころがもっともよく顕れていることで、評価をしたのでした。

 これは、日本文化の核心部分にある、精神の営みであるといえます。

 人のまごころに触れて、まごころで感じ取ること、これが、もののあはれを知るということでありましょう。

 是非、和歌の道、しきしまの道の豊かな、明るい、美しい世界を、堪能して下さい。

・・・・・・後輩に出したメールを改めて見直してみて、これはBLOGにアップしてしまおう、と思い勝手に公開してしまいました。。。

和歌について、学んできたことを、少しづつでもまとめてみたいと思います。

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