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2005年6月20日 (月)

反日ラプソディ・徒然

小泉首相は「心ならずも戦場に赴き命を落とした戦没者」という形容で、戦没者のことを表現してきました。

私は、この言葉にはずっと違和感を持ち続けていました。

靖国神社に鎮まる英霊の方々は、一体「心ならずも」いやいや戦場に借り出され、連れ去られて、いやいや死んでいったのでしょうか。

お国のためにと、「おだてられ」「囃されて」バカな無駄死にをしたというのでしょうか。

戦没者の方々の遺書を拝読すれば、このような言葉が如何に英霊を冒涜するものであるかを痛感します。

騙された、と言う言葉は、戦後の流行病のように世の表を覆いました。しかし、軍部に騙された、政治家に騙された、天皇に騙された、などという言葉に何の意味もないことは、当の本人が一番よく知っていたことではないかと思われます。

「死んでいった戦友に申し訳ない」

「戦友の分まで頑張って、戦争で荒れ果てた祖国日本を再建するのだ」

復員した将兵の、偽らざる真情は、こうしたものではなかったでしょうか。

彼等は国の為に召集され戦地に赴き戦いそして散っていきました。二つとない生命を国に捧げたのです。

「かわいそうに」という言葉さえも、戦後の後智恵の傲慢な言葉に思えてきます。


「ありがとうございました」「後は私たちにお任せ下さい」「志を継いでこの国を守ります」

この言葉こそが、英霊の慰霊の場における言葉ではないでしょうか。
そして、この言葉こそ、英霊の方々が、今を生きる国民から聞きたい唯一の言葉なのではないでしょうか。

また、昭和殉難者(所謂A級戦犯で処刑された7名の指導者の方々)をはじめ、戦犯の汚名を着せられて刑場に散っていった所謂BC級戦犯1000余名の方々、この方々は、戦争の責任を一身に背負い、スケープゴードとして、戦勝国の前に自らの身を捧げた人々であります。どうして日本人が足蹴にして良い道理がありましょうか。

こんなことは、かつての日本人はみんな肌で感じてわかっていたことでした。だから黙々と働き、戦争で荒廃した祖国を世界が目を見張るスピードで復興することができたのです。

インテリが何をしましたか?ソビエトに媚をうり、中国に媚を売り、その高みから自国と自国民を批判して悦に入っていたのではないでしょうか。

日本人は、余りにも世界に対して、自己主張をしてきませんでした。黙って真面目に努力していれば、いつかきっと世界中がわかってくれる、という幻想を抱いてきたのです。

それが幻想に過ぎないことがわかってきたとき、真に歴史と伝統に立脚した日本人としての自己を確立し得ていなかった、多くのインテリたちは躓いて、そして自己主張してこなかったのは主張すべき自己がなかったからだと誤解しました。本当は、自分の中に日本人としての自己が確立していないことこそが問題の根本であるのを棚に上げて、死んでいった先人たちの上に唾を吐きました。戦後に生まれたこの一連の俗物たちが、戦後60年もたちそのメッキも見る影もなくボロボロになりながらも、自国の国益と存立をかけて死に物狂いで「反日運動」を仕掛けてくる隣国たちに媚を売って、最後の売国行為に走っています。そして、それに日本人としての自己確立をなし損ねた政治家たちの腰は定まらず、踊らされ続けています。正に舞踏病、狂気の沙汰。

歴史を畏れない、日本史上最も野蛮な時代、それが、現代日本の偽りのない姿なのです。

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