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2005年6月

2005年6月30日 (木)

江田島教育参考館を後世に伝えるために

今日、江田島を訪れた。
教育参考館に、英霊の方々のお姿を拝した。
館内の冷気が清清しく、お一人お一人の方の遺書、遺影に見入った。

ギリシャ神殿風の外観の建築だが、長年の風雪で古びつつある。
展示内容はもう相当長い間変わっていないようだ。

案内の方は7%しか展示していないのだそうで、多くの遺書・遺影・遺品が、倉庫で眠っているのだろう。

かつて三島由紀夫氏がここを訪れ、「おれにはこんな文章は書けない」といって涙を流したそうだ。

終戦から60周年。江田島教育参考館に、予算をきちっとつけて、大切な遺書、遺品の保管に万全を期して、また時には交替でお休みいただいて、多くの方々のお心を、今に伝えていただけるように、ご配慮願いたい。

英霊銘牌室を中心とした慰霊施設であることを忘れずに、慰霊と追悼の真心を捧げることと教育が一つになる、余計な解説は一切無用の、淡々と事実のみを、事実によって語らせるという、スタイルはかえることなく。

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2005年6月28日 (火)

天皇皇后両陛下のサイパン行幸啓

 平成17年6月27日から28日にかけて、米国自治領・サイパン島に、天皇皇后両陛下が行幸啓された。

今年は終戦60周年だが、陛下が南洋方面への慰霊の旅を願われてから既に一年以上も経過している。昨年はパラオ共和国への行幸が、警備などの体勢が取れないとの理由で中止となっていた。

 サイパン島の玉砕は昭和19年6月、3万を超える陸海将兵とともに1万を超える日本人、朝鮮人など民間人も犠牲になった。米軍の犠牲も3500人に及んだと言われている。連合艦隊司令長官、南雲中将もサイパン島で最後を迎えた。太平洋に浮かぶ小さな島で繰り広げられた激戦は、その後のアッツ島、ペリュリュー・アンガウル島、硫黄島、そして沖縄の戦いの嚆矢でもあったといえよう。

 生き残りの島民の方々40名が、両陛下をお迎えして、「海ゆかば」を歌った。

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2005年6月22日 (水)

「世界が裁く東京裁判」を復刊させよう!

この本が出版された頃の世相と、今の世相、本当に今昔の観があります。

平成5年、日本には「細川首相」なる人がいたのでしたね。
彼は、あっさり、「日本は侵略戦争をした」と言ってのけてくれました。そして終戦50周年の平成7年、当時、謝罪決議なんてことがもてはやされました。しかし、これは不発に終わり、業を煮やした村山首相、「謝罪談話」を発表、それが今日まで政府を拘束してます。

このとき「不戦決議」案も飛び出すが、「自衛権」を否定するのか!との指摘であっさりと立ち消え。今、小泉首相は「不戦の誓い」を連発してるけれど、たった十年前のことでさえよく憶えていないらしい。この方に60年前のことがわかるもんか。

ああ、白痴大国日本。

せめて、国民が、「世界が裁く東京裁判」を読んで、「世界の常識」を知り、日本の政治家の白痴を大いに笑おうではないか。そして、そんな政治家しか持てない、われわれ国民自身をも、笑い飛ばそう。

以上、復刊ドットコムへの投稿。

「世界が裁く東京裁判」の復刊に向け、ご協力を!!!
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=26774

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2005年6月20日 (月)

反日ラプソディ・徒然

小泉首相は「心ならずも戦場に赴き命を落とした戦没者」という形容で、戦没者のことを表現してきました。

私は、この言葉にはずっと違和感を持ち続けていました。

靖国神社に鎮まる英霊の方々は、一体「心ならずも」いやいや戦場に借り出され、連れ去られて、いやいや死んでいったのでしょうか。

お国のためにと、「おだてられ」「囃されて」バカな無駄死にをしたというのでしょうか。

戦没者の方々の遺書を拝読すれば、このような言葉が如何に英霊を冒涜するものであるかを痛感します。

騙された、と言う言葉は、戦後の流行病のように世の表を覆いました。しかし、軍部に騙された、政治家に騙された、天皇に騙された、などという言葉に何の意味もないことは、当の本人が一番よく知っていたことではないかと思われます。

「死んでいった戦友に申し訳ない」

「戦友の分まで頑張って、戦争で荒れ果てた祖国日本を再建するのだ」

復員した将兵の、偽らざる真情は、こうしたものではなかったでしょうか。

彼等は国の為に召集され戦地に赴き戦いそして散っていきました。二つとない生命を国に捧げたのです。

「かわいそうに」という言葉さえも、戦後の後智恵の傲慢な言葉に思えてきます。

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2005年6月18日 (土)

「一つの教訓・ユダヤの興亡」

「禁忌としての聖書学」を読了して、幾つか感想を書いてはみたものの、改めて、自分の無学さを痛感させられました。

大体、邦訳「聖書」一つまともに読破できていないのに、死海文書やら、七十人訳ギリシャ語聖書やら、ユダヤ古代誌やらユダヤ戦記やら、教会史やら、多少ともきちんと考えるつもりがあるのなら読んでおくべきものがこれほどあろうとは・・・。

幸い、というか、その気になれば、今はその殆どがかなり簡単に入手できるようになってはいます。

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山本七平氏の問題意識について 「禁忌としての聖書学」より その1

 ある作者が、内部に持ち続けている問題意識は、間欠泉のように、様々な作品の中で噴出するもので、山本七平氏にあっても、「禁忌としての聖書学」という、聖書学を巡る著述の中で顔を出している。

「過越の祭と最後の晩餐」という論述の最後にそれは顕れている。

(ユダヤ教徒の「過越の祭」、カトリックの「最後の晩餐」―ミサ、プロテスタントの聖餐式などの歴史について、)
「(前略)いずれも、民族もしくは民族文化、また宗教文化の継続性の保証であろう。」

と述べる。すると、「継続性の保証」という言葉が、山本氏の内奥の問題意識にコツっと当る。

「継続性の保証のない文化が果たして永続するであろうか。」

既に思いは、「聖書学」を離れ、西洋文明を離れ、文化一般の問題に思いをいたしたように思うが、そうではない。

「永続性の保証のない繁栄が果たしてつづくのであろうか。」

思いは、正確に、現在の戦後日本に飛んでいるのである。「永続性の保証」のない「繁栄」を謳歌する、戦後日本に飛んでいるのだ。そしてそれは、日本民族及び日本文化へと思いは飛ぶ。

「一体、日本民族・日本文化の永続性の保証をわれわれはどこに求めたらよいのであろうか。」

この答えを、山本氏は探求しているのだ。そしてその見当もついてはいる。だから次のようにいう。

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『全「歴史教科書」を徹底検証する』を読んで

「2006年度版教科書改善白書」として出されたこの本を読了しました。

しかし、よくもまあここまで綿密に、読み込んで分析したものだと、感動しました。

題の通り、「歴史教科書」についての分析が中心ですが、「公民教科書比較」は、昭和20年代から現在にまでの教科書記述内容の傾向について、その移り変わり具合を抉り出しています。

「歴史教科書」もボロボロですが、「公民教科書」の無残さも、目を覆わんばかりだということが分りました。

「中学校公民教科書の否定的な特徴」として、6つ挙げています。

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2005年6月14日 (火)

教科書採択、愈々本番!

2006年度版 教科書改善白書 全「歴史教科書」を徹底検証する (三浦朱門編著)

中国の反日暴動や、韓国の「竹島の日」への過激な反応など、エキサイティングな事態が連続して起ることによって、やや影に回っているような観も受けますが、来年度から使用される中学校用教科書の採択作業が進んでいます。

そろそろ、教科書展示会も開かれるから、私も行って直に見てきたいと思っています。

ところで、比較するには基準が大切で、基準が歪んでいると評価も歪みます。そこで、一つのたたき台として、上記の本をお薦めします。

早速購入して読んでみましたが、非常に分り易く、穏当なものだと思います。1260円で手頃でもあります。

最初の部分だけちょっとご紹介したいと思います。この本がどのように分り易いか、良い判定材料にもなるからです。

「歴史上の人物を、どの程度取上げているか」

この設問で、学習指導要領の目標

「国家・社会及び文化の発展や人々の生活の向上に尽くした歴史上の人物と現在に伝わる文化遺産を、その時代や地域との関連において理解させ、尊重する態度を育てる。」

「歴史上の人物に対する生徒の興味・関心を育てる指導に努めるとともに、それぞれの人物が果たした役割や生き方などについて時代的背景と関連付けて考察させるようにすること」

を踏まえて、各社を比較している。

先ず、人数について、多い順に

1、扶桑社       263名
2、日本文教出版  210名
3、日本書籍新社  205名
4、清水書院     203名
5、大阪書籍     187名
6、教育出版     170名
7、帝国書院     162名
8、東京書籍     154名

となる。

単純に取上げている人数の比較だが、100名以上もの落差があることに驚かされる。現在シェアの51%を占めている東京書籍が最下位ということからも、現在の歴史教育現場がいかに「人物軽視」しているか、はっきりと見て取れる。

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竹山道雄氏とヘレン・ミアーズ

ヘレン・ミアーズの「アメリカの鏡・日本」が角川書店から再刊された。戦後50年の時に、別の余り名を聞かない書店から出版されたものがほぼそのままの形で出たようだ。

この本は、マッカーサーによって禁書にされた「アメリカの反省」の新しい翻訳本であり、長い間、入手困難なものだった。ヘレン・ミアーズ女史は、この著書の為に不遇な学者生活を余儀無くされたといわれているが、自らの論述を曲げることはなかった。この点、アメリカの学者の凄みを感じさせてくれる。

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竹山道雄と山本七平

 山本七平氏と竹山道雄氏をたまたま同時平行で読み進んでいる。

お二人とも「キリスト教」というものについて深く考察を巡らせた知識人であることで共通している。

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中国が歴史認識に口出しする理由・日本に有能な政治家が不足する理由

  歴史認識を政治問題化するのは、政治が宗教の国である文化を持つ儒教圏の特質かも知れません。日本は「儒学」は取り入れても「儒教」は取り入れませんでした。

 異文化圏であります。「文明の衝突」論ではありませんが、日本文明を守る戦いでもある、と思えて参ります。

 その意味で、日本の政治家は、二重に優秀でなければつとまらないのかも知れません。日本文明を体現し、且つ、異文明との対話をする能力を求められるのだということです。これは日本人全体に課せられた課題かも知れません。

 その意味で、歴史認識問題で日本を揺さぶれると踏んだ、中国大陸の政権は、仮に共産党政府がぶっ潰れても、またぞろ「歴史認識」問題で、揺さぶりをかけてくるかも知れません。

 材料は幾らでもあるでしょう。曰く、毛沢東の大躍進や文化大革命を賞賛し、何千万という中華民族の虐殺を見殺しにした、云々。

 理屈と膏薬は何処にでも引っ付く、という決して外交舞台で真正面から言ってはいけない真実をしっかりと把持して、きちっと日本に効く膏薬を練るのが、外務省の仕事でありましょう。最近はヤブ医者ばかり揃って、他国にはいい膏薬をつくるようですが・・・。

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2005年6月11日 (土)

「聖母マリア信仰」の成立について

山本七平氏の「禁忌の聖書学」を手に取って読んでいるが、その2番目の話が「マリアは”処女”で”聖母”か」という。

「キリスト教に全く無関心な人でも処女降誕には何らかの関心を示す」という話から始まって、そもそも、聖母マリア信仰というものがどのようにして成立していったのかについて、氏の該博な知識を駆使して考察を加えていくのだ。

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2005年6月10日 (金)

吾ながら乱雑です・・・

正岡子規についても中途半端になっていますねえ。

聖書も、マタイ伝だけは読んだのですが、あとが続かなくて・・・

どうも気が多くていけません。

一つのことをじっくりとやりとげないと

とはいっても、憲法問題に突っ込んでみたり、

体験を綴ってみたりと、

あちこちトンでしまっています。

読んでくださってる方には、まことに申し訳ない次第であります。

考えるヒントになっているのか、はなはだ心もとない限りですが、

お付き合いくださっている方に感謝です。

それと、山の不動様から頂いていたコメントですが、

キリスト教とコミュニズムの相似を指摘したのは、

イギリス憲政論を書いたバジョットが居たように思います。

必ずしも、竹山道雄氏の独断ではありません。

コミュニズムとナチズムの相似を指摘したのは、

アメリカの政治学者、ハンナ・アレントでした。

「全体主義の起源」は有名です。

こうしたことについても、逐一書いてみたいのですが、

浅学非才の身は如何ともし難いところです。

竹山道雄氏については、少ししつこくやっていきます。

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中間報告 竹山道雄氏を読む

竹山道雄氏のことにこだわって書いています。

戦後、早い時期から、保守の論客として健筆を振るって
来られた方です。

その影響力がどれほどのものだったか、と言っても、同時代を
生きていないものとしては実感として分らないことが多いですが、
昭和史の見方について、共産主義イデオロギー批判の視点、
そして最も大きな点としてはやはり東京裁判の批判についてで
あると思います。

竹山氏のされた仕事の全体像について、ある程度分り易く
俯瞰図をつくり、それをもとに、氏の論点を幾つかピックアップ
してみたいという思いがして、その作業を遅遅とした歩みで
やっている次第です。

といっても、書かれたものを読む以外に方法はなく、
思い立ってからまだ数冊しか読めていません。

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2005年6月 9日 (木)

人間は世界をどのように認識するのか

竹山道雄氏「まぼろしと真実〜私のソビエト見聞記〜」所収

「人工の楽園」より

「人間は事実とは別に、事実について彼がえがくイメージをもっている。世界についての特定の表象の仕方が教えられ、それにしたがつて事実を把握し、そのイメージにしたがって行動をおこす。だから、彼の行動となまの世界とはしばしばずれることがあり、また彼の行動がなまの世界と合致している場合にも、なお彼は自分が思いうかべたイメージにしたがって行動したのである。

 世界についての特定の表象の仕方―これがゆるがないあいだは、彼のイメージは変わらない。たとえそれが事実とくいちがっていることが分って一時は混乱しても、しばらくたつとふたたびもととおなじ正確のイメージが成立する。〜(略)〜しらずしらずの選択によって、具合のわるいことは意識から排除し、都合のいいことだけをとりあげて、彼の意識の内容がつくられる。

 この表象の仕方は、理論の形をとって裏づけされる。人間は事実に即して事実を見ることはすくなく、むしろ「かくあるはずである。故にかくある」という経路を通じて事実を評価する。この経路において、事実はその体系に適合するように解釈される。このような構想力によってつくられたイメージははげしい勢いで伝播して、集団の共有財となり、聖なるものとしてあがめられる。かくて一たん成立した集合的意識は、容易にくずれることはない。〜(略)〜

 人間はさながらシャボン玉の中にいるように、彼がいだくイメージ―世界像の中にいる。ある気質の人々は、いったん成立したシャボン玉の中にとじこもって、それを外の世界とつきあわせて検討しようとしない。その人々は現実からは遮断されて、かれらのそれ自体で独立した世界像の中で、それがもつ言葉と論理によって、主観的には常に合理的である。」(「人工の楽園」より引用終)

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2005年6月 6日 (月)

「みじかい命」を読んで

竹山道雄氏の作である。1975年とあるから昭和50年に出された。

隠れキリシタンと、キリシタンバテレン、そして取締役人を中心とした物語である。キリシタンバテレンとは、宣教師のことである。

この物語は創作であり、時に現代のことを語らせるなど、唐突な点があり、時代を超えた思索をうかがわせるものである。

「乱世の中から」の中で、キリシタンの問題について「みじかい命」のことを読んで欲しいと書いてあったことから、読んでみたが、著者の名に恥じない、晩年の名作であると思った。

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2005年6月 2日 (木)

日本海海戦100周年 水師営の会見 唱歌

 旅順攻略戦は、奉天会戦、日本海海戦と並んで、日露戦争のハイライトですが、海軍の伝統を継ぐ呉市において、この日に「水師営の会見」の唱歌が、海上自衛官によって1番から9番まで歌われたことは、特筆しても良いかも知れません。

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日本海海戦100周年 日本海海戦の唱歌

悪口ばかり言っていると、後生がよくない、と申します。

そこで、5月29日の日本海海戦100周年記念大会でよかったことを留めておきます。

それは、知らなかった唱歌を知ったことでした。

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大東亜戦争のことをその根本から考える為には

 大東亜戦争のことをその根本から考える為には、500年にわたるヨーロッパの世界植民地化の歴史を学ばねばならない。

 そして、日本が、僥倖により、その魔の手から逃れられたのではなく、鎖国により一度は明確に押し返したという史実を改めて丹念に辿る必要がある。

 そして、明治開国後、産業革命を経て飛躍的に武力を増大した欧米列強に対して、富国強兵策を取り、対抗して行ったという史実。

 少なくとも500年のスパンで物事を考えないと、本質は見えてこない。

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