« やっと・・・ | トップページ | 竹山道雄を再読しよう  「乱世の中から」 竹山道雄評論集を読みつつ思う »

2005年5月26日 (木)

中国・台湾・北朝鮮・韓国、そして日本

 中国問題は、日本の常任理事国入りへの本格的な動きとも連動して、久々に面白い様相を呈している。

 靖国神社参拝を口実に、小泉首相との会談をドタキャンした呉儀副首相の「傲慢」に、明らかに変わりつつある日本の空気が、更に固まっていくように思われる。

 台湾独立運動の背景に、日清戦争後、僅か半年間存在した台湾共和国の歴史があったことについて、産経新聞で報じていた。下関条約によって割譲され、日本が実効支配の為に軍隊を派遣するまでの間隙を縫って、独立宣言を発し、政府を構成し独自の軍隊を組織したのだそうだ。北白川宮を将軍とする我が帝国陸軍の前に敢無く消滅したが、一万人の戦死者を出し戦ったという。

 その国旗、黄虎旗に描かれた虎は、中国の象徴である龍に対抗して戦える象徴として描かれ、西に向いている、つまり中国大陸の政府に対する構えであるというのだ。

 中国の反国家分裂法の成立に際して行われた100万規模の抗議デモにおいて、この国旗のデザインを用いる人がいたことも報じていた。

 日本の台湾統治について、評価する識者も多い。公平に比較するならば、日本は、台湾よりも朝鮮により気を使って、統治を進めたと言えると思うが、朝鮮では恨まれ、台湾では感謝されるというのは、余程中国人の政治というのは無残なのであろう。比較の問題だが・・・。

 台湾の独立意識にとって、この短命の「台湾共和国」の存在は、大きな意義あるものなのだと思う。日清の狭間において、独立の芽は摘み取られたものの、当時の世界情勢やルールで言えば、止むを得ないことであったろう。しかし、それを示し、1万人という台湾独立の為に戦い亡くなった戦死者が居たということが、独立運動にとってどれほどの「誇り」の源泉となり得るか、想像することは容易だ。

 かつて、インド独立の起爆剤となったのは、インド国民軍の将校3名の戦犯裁判においてだった。彼等は、英印軍としての忠誠義務違反に問われたわけだが、チャンドラ・ボース率いる仮インド政府の正式な軍隊の一員として、インパール作戦において日本軍と共同作戦に取り組み、一時的にインド領に進攻し、イギリス軍と戦った。

 後に、マウントバッテン将軍は、日本の元将校に対して、インド国民軍がインド独立に果たした役割について、「チャンドラ・ボースのやった仕事が、英印軍のインド人将兵の英国への忠誠心を破壊したこと」を上げ、それがインド独立への最大の原因だったと話した。それに比べれば、ガンジーがやった仕事は、ことインド独立ということについて言えば「極めて限られたものだった」というのが、当事者の評価なのだ。

 台湾に、これに匹敵する歴史があったということは、台湾の為に大いに喜びたいと思う。たとえそれが、かつて日本の軍隊の敵として戦った相手であったとしても。

 さて、しかし、朝鮮の政治について言えば、では、「日帝」の「圧政」と比較して、どれほど優れた政治を行っていたといえるのだろうか。この点については、既に多くの研究書も出ているが、公平に比較考量して行きたいものだ。

 日本人のホンネから言えば、他民族統治など懲り懲りだ、と言えなくもない。

 ただ、第一次世界大戦後、国際連盟から委託された旧ドイツ領の南洋諸島について言えば、南洋政庁のあったパラオ共和国は、未だに親日の色濃い国である。

 戦争の被害ということでいえば、米軍から「天皇の島」と恐れられたペリュリュー島があり、アンガウル島のある国である。3ヶ月もの間の攻防戦で島は形が変わるほどの砲弾を打ち込まれた。頑固で知られる水戸の師団である。米軍の猛攻を凌いだ日本兵の戦いぶりに、今でも尊敬の念を忘れない方々がおられるのだ。パラオ共和国の国旗が、青地に黄色の「月章旗」であることは知られた事実だ。

 「反日」を、国家の威信や、アイデンティティの基盤に据えてしまった、中国や韓国という国の成り立ちは、その根底において、「不幸」だったと言えなくもないと思う。酷い事をされたという被害者意識を全面に押し立てて抗議する姿に、人のいい日本人は、最初は同情も寄せ、「反省」をしきりに口にした。しかし未来永劫に渡ってゆすりたかりをしていこうという姿勢が明らかになるにつれて、うんざりしてきている。

 これ以上かの国々に阿り、謝罪すべきだなんだというのは、端的に「差別意識」の現れに過ぎない。なぜなら、対等な独立国家であるならば、先ずは、自国については自国が責任を負わねばならないところを、国民も国土も守りきることも出来ずに、国を奪われてしまったのだから。その不甲斐なさをもっと怒らなければならないだろうに、それをしない。日本が謝罪するのは、その不甲斐なかったかつての国への優越意識が前提になければ出来ないことなので、歯切れも悪くなる。謝罪されれば、更に劣等意識をかきたれられずにはおかなくなる。さらなる抗議が沸き起こっていく、という図式だ。

 日本人が、日本の戦没者を慰霊することに、抗議し止めろという。日本人の意識の中では、近代史の試行錯誤の問題と、その過程で国の為に命を落とした方の慰霊ということは、区別されているのだ。ところが、中国・韓国では、区別されていない。戦死者の慰霊、即ち「侵略」戦争の肯定、という短絡図式に陥るのだ。思考能力が欠如しているので無い限り、これは一つの洗脳された人々の思考パターンではなかろうか。ちなみに、「洗脳」という言葉の定義について、竹山道雄氏が「洗脳とは、いままでとは別な先験的独断をもたせることである」と書いている。

 この中国や韓国のケースで言うならば、教育や政治宣伝によって、歴史の事実や自らの体験とは異質の、「日本軍の蛮行」や「苛烈な植民地支配」といった政治プロパガンダに置き換えられていくわけだ。それを補完するために、自称元慰安婦だの、被害者の子孫だのを演出しては宣伝し、プロパガンダに信憑性を持たせるわけだ。そして、それに中国・韓国を訪れる日本人が見事に「洗脳」されていくわけだ。「日本を未来永劫精神的な奴隷」にし、あわよくば「民族としてのアイデンティティを抹殺」することを目的としているという話があるが、確かに、これを無批判に繰り返して行われれば、日本人自体がおかしくもなっていくだろう。

 面白いことに、中国の「愛国教育」は、日本の「平和教育」と一緒だ、と、ある日教組の教師が言っていた。

 彼は、反日デモが、「愛国教育」の結果だといわれている今、どう考えているのだろう。意見を聴いてみたいものだ。中国の愛国教育と同質だという平和教育を受けた日本の生徒たちは、唯々諾々と、中国人の暴徒たちの暴虐に耐えるのが正しいのだとは、まさか言うまいが、論理的には、そうならざるを得ないだろう。実際、100名を超える在留日本人が襲われて怪我を負ったと言われる。幸いにして日本人で殺されたというニュースは、今のところないが・・・。中国人が中国人を殺した、という話ならば、既に流れているが・・・。

 また、一方、韓国について、大統領秘書官に元教組幹部がなり「左傾化教育」を推進していることが報じられている。

  韓国 教育界も親北? 大統領秘書官に元教組幹部 左傾化教育推進    「産経新聞」平成17年5月24日

 韓国のノムヒョン大統領はこのほど、教育政策を担当する大統領教育文化秘書官に教員労組「全教組」(全国教職員労組)の元幹部、金進経氏(51)を起用した。全教組は韓国版・日教組といわれ、近年、韓国の教育現場で親北朝鮮および左傾化教育を進めているとして、保守派などから強い批判を受けている。全教組結成の主役の一人といわれる金氏の秘書官起用によって、韓国教育界でさらに全教組の影響力が広がり、左傾化が進むのではないかと懸念する声が出ている。
 金進経氏はソウル大学師範学部卒で、高校教師時代に「教育民主化」「民衆教育」の名の下に、左派系の反体制教育運動を展開して国家保安法違反で投獄された経験があり、一九八九年に発足した全教組の初代政策室長を務めた。「転換時代の民族教育」などの著書があり、現在、詩人、童話作家として「民族文化作家会議」の理事でもある。「民族」や「民衆」を強調する教育観から、”親北朝鮮的”とみられている。
 大統領秘書官は大統領側近として時には閣僚以上の力を持つが、教育担当はこれまで主に教育省などの官僚が任命されてきた。教員労組出身はもちろん初めてで、左派・革新勢力主導といわれる盧政権の性格を象徴的に物語る人事として注目される。
 韓国の教育界は現在、「教育民主化」や「教壇民主化」を主張する全教祖の勢力拡大によって、学校運営や教育現場で、理事会や校長の発言力が後退しているといわれる。また、全教組の影響は、左派・親北朝鮮的なイデオロギーのほか、平等主義を基本に「能力主義」を排除する教育平準化や「勉強より遊べ」式の自由教育の動きとして表れれるなど、日教組影響下の日本の教育と極めて似た経過をたどっている。
 平等主義教育に対し、父母や保守派の間では早くも学力低下を心配する声が出ているが、金進経氏は「真の教育は生徒が中心」という主張の持ち主で、「全教組」式教育はさらに勢いづく見通しだ。(記事 以上)


 日教組が韓国弱体化に力を貸している図式で、反日教育は、韓国をして北朝鮮への吸収を容易にするための布石となっているといえるかもしれない。北朝鮮と韓国ではどちらがより「反日」か、で正統性が争われてきたような点もあるが、その「反日」も、ある種北朝鮮の韓国への思想攻勢の一環としれ利用されてきたようにも思える。
 少なくとも、制度として、対北に対する様々な施策は、次々と武装解除されていっている。方や北朝鮮は、徹底した全体主義・軍国主義の国である。北朝鮮が崩壊しないように支えているのは韓国であるという図式は最早明白な事実であり、「統一は民族の悲願」と言ってきた韓国にとっては、これほど皮肉な事態もない。

日本にとっても、韓国の弱体化は決して喜べる問題ではない。日米韓の強固な連携があってこそ、中・露・北朝鮮の全体主義国家のトライアングルの圧迫を阻止してきたのだ。ロシアは、ソ連時代のような全体主義イデオロギーの国では一応なくなっているが、ロシアという地政学的な体質は変わりようもない。一方中国は、北朝鮮は、暴走しない限りは、対米・日・韓へのカードとして使えるといえるが、既に韓国は大陸パワーに飲み込まれつつあると認識した方がいいのかも知れない。すると、シーパワーである日本・アメリカと、ランドパワーである中国・半島との力の境界線が、韓国の軍事境界線から、さらに下に下がることを覚悟しなければならないのかも知れない。それは丁度、竹島、尖閣列島を含むラインであり、中国が海洋資源を奪取しつつある、そのラインとなるわけで、沖縄もこうなると決して安全ではなくなる。

韓国は、北朝鮮以上に、半島国家の悲哀を味あわねばならない、悲惨な運命にあるようだ。ある意味、自業自得的な部分もあるが、韓国の保守派が持つ危機感を思えば、そんなふうに突き放しても見ていられない。しかし、日本が手を差し伸べようものなら、とたんに「親日派」のレッテルが飛んできて、社会的に、(下手をすれば物理的に)抹殺されかねないのが、今の韓国の現状だ。ここまで布陣をひかれてしまうと、最早7世紀の百済滅亡の頃の地政学的な関係に似てきてしまう。これは、日本にとっても強い緊張を強いられる事態である。

当時も、新羅のスパイが日本に入ってきていた痕跡が窺われるが、今の日本では、朝鮮総連を始め、あからさまな反日活動を推進する母体が存在し、尚且つ、それに呼応する日教組をはじめとする勢力にも事欠かない。ある意味、布陣としていえば日本の歴史上最大の危険な状態にあるのかもしれない。

それは、大東亜戦争の敗北以上の危機的な状況、と言ってもいいのかも知れない。そう考えてくると、そう面白がってばかりもいられない。

色々な要素があるが、日本の経済人が、国の誇りや文化よりも、経済を取るために中国に摺り寄るという現象が既に起こっていることを考えると、この危機の本質は、根が深いと言わざるをえない。

日本経済団体連合会の会長、奥田氏が、人にも薦めるという山本七平氏の著書について、一言しておくと、山本七平氏は、かつて保守派の論客とみなされてきたけれども、最近、何冊も改めて読み直していくうちに、首を傾げるようになった。

左翼ではないが、保守ではない。日本を論じて面白いことは面白いが、日本の解体をある面積極的に行おうとしているようにも見受けられる。
一概に否定するつもりはないが、よほど用心して読む必要があるように思われる。

詳しくはまた論じて見たいと思うのだが・・・。

|

« やっと・・・ | トップページ | 竹山道雄を再読しよう  「乱世の中から」 竹山道雄評論集を読みつつ思う »

コメント

山の不動様、いつもながらありがとうございます。
勇気が湧いてきます。

思春期に突入する直前、子供は子供としての世界の完成を見るといいます。その世界において完成度が高ければ高いほど、その完結性が破られて、性の支配する「シュトルム ウント ドランク」の時代に入っていくことを拒否して、自殺するのだ、という説ですね。

人間も、精神的に脱皮を繰り返しながら、成長していくものなのでしょう。余りにも美しく完成された芋虫は、その皮を脱ぐことを拒否するものなのかも知れません。しかし、その旧い皮を抜け出すことによって、やがてさなぎとなり、蝶ともなれるわけです。

子役が大成するのは難しい、という格言があるかどうかは分りませんが、子役で活躍していた俳優や女優が、成長して尚活躍しているという例には余りお目にかかれません。美空ひばりのような存在は誠に稀有な存在だということですが、それはやはり、脱皮することが出来るかどうかにかかっているのでしょうね。

過ぎてしまえば、皆小さなこと、というのは、誠にもって真理だと思います。

要はそこで、誠実に生きて、与えられた課題(と受け止めて)を、どれだけ成し遂げることが出来たか、それによって、如何に魂の成長に繋がったのか、それだけを確認できればいいのではなかろうかと思われます。

広大なる天地の運行に比べれば、一人の人間の生命のなんと小さなことか。しかし、その小さな生命があればこそ、広大なる天地の運行にさえ思いを致すことが出来るのだ、ということですね。

「過ぎし日の 影を辿りて 我が性の 拙きを知る
 拙きを 愛づる心に なりたるを 我が魂の 伸びし証しと
今はただ 静に偲びぬ 新しき 時の来向ふ 今を生きむ為 」

投稿: 橘 正史 | 2005年5月26日 (木) 午後 09時52分

いずれも素晴らしい更新内容で、橘兄のほろ苦い青春時代も「さもあらん」と言う思いで読ませて頂きました。

そして私も、中学の時に幼馴染の自殺と言う悲しい出来事を経験しましたが、何とも言えない気持ちで読ませて頂きました。

時事物は、何れもご尤もと言わせて頂きます。^^;;

投稿: 山の不動 | 2005年5月26日 (木) 午後 07時03分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/86795/4282071

この記事へのトラックバック一覧です: 中国・台湾・北朝鮮・韓国、そして日本:

» 対中問題の愚。 [ウブドちゃん かく思う。]
 私は最近の外務大臣の中で町村外務大臣はかなりいけてるほうだと思う。小泉総理は残念ながら外交のビジョンが見えないし中国や韓国に何も言えない。謝らないだけましだが・・・・。 [続きを読む]

受信: 2005年9月17日 (土) 午前 12時32分

« やっと・・・ | トップページ | 竹山道雄を再読しよう  「乱世の中から」 竹山道雄評論集を読みつつ思う »