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2005年4月10日 (日)

「教育正常化への道」ご紹介 その1

「教育正常化への道」

この本に、類書はない。

正に、陳勝・呉広の書である。

教育の現状を憂える本は汗牛充棟、枚挙に暇がない。
そして、くず本もあるが、多くの良書がある。

しかし、それらの書は、肯定するにしても、否定するにしても「戦後教育」を前提として書かれていることで共通している。

結果として、部分的に「戦後教育」の弊害を乗り越える道は示せても、「戦後教育」体制そのものを、根本から覆すだけの戦略がなかった。

肯定する立場からしても最初から思考の枠組みが限定されていることが明らかであるから、教育が崩壊していく現実に対して有効な戦略を提示することは出来て来なかった。

この書は違う。

「イギリス」という鑑を使ってはいるが、「戦後教育」=教育基本法体制の枠組みに囚われずに、教育崩壊を食い止め、かつ教育再生を成し遂げるための抜本的・具体的な戦略を提示している。具体的に即座に政策立案に移せるものばかりである。

教育基本法改正の論議は、ともすると観念的・抽象的になり、誹謗中傷合戦になり易い。事実なっている。

しかし、泥試合をしている暇が、もう残されていないという認識では、少なくとも改正を求める側では一致しているように思われる。

反対している勢力は、例外なく、戦後教育から利益を得てきた人々である。教育を喰いものにし、子供たちの未来を喰い散らかしてきた連中だ。
「子供を喰らう教師たち」という本を見て、その惨状に、涙が出た。振り返って、自分の中にも、教師に対する強烈で激しい憎しみが、ある。恩師と呼べるごく小数の先生方も居ないではないが、心の中はずたずたに引き裂かれているといっていい。

しかし、恨み辛みで、教育基本法改正に賛成しているわけではない。

現行教育基本法は、その根本において間違っているからだ。そして、抜本的な改革なくして、教育の再生は有り得ず、教育の再生なくして、日本という世界にただ一つしかない、この貴重な国が、我が祖国が、存続することが、不可能であるからだ。

その意味で、この書は、「警醒の書」ではない。「救国の書」である。

何度かに分けて、概要を紹介して行きたい。

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