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2005年4月 7日 (木)

日本人の神観について「古事記傳三之巻」(本居宣長)より―その1―

迦微と申す名義は未だ思ひ得ず。

【舊く説ることども皆あたらず。】


本居宣長の畢生の大著「古事記傳」は、太安万侶が勅命により編纂してから、直ぐに読めなくなった「古事記」という書物を、初めて読み解いたものであることは周知の事です。文字のない時代の言い伝えを、文字によって伝えることの困難については、江藤淳氏が「ことばとこころ」という講演で丁寧に説いておられますが、文字の便利さと共に喪われてしまったものがあったことはいたし方ないことではありますが、残念なことでした。外来の全く異質な文明の所産である漢字という文字が伝わってきたとき、これをどう扱うかということは極めて重大な課題であったでしょう。漢字による教養は、高度な文明は伝えてくれはしても、祖先伝来の文化とは本来何の関係もないものです。しかし、その本来何の関係もない文字のある文明と、語り部により伝えられてきた口伝えの伝承が、未開野蛮のものとして消えてしまわなかったのは、ひとえに古事記編纂という事業によるわけです。太安万侶が苦心して、漢字という道具を使って、漢字の意味とは全く関係のない、音だけを利用して、言い伝えの言葉そのものを残した。ところが漢字本来の意味からすれば全く滅茶苦茶なもので不思議なる書以外の何者でもなかったわけです。

 「かみ」という言葉も、太安万侶によって伝えられた、日本の太古からの言葉の一つであり、それは、中国の「神(シン)」とも違い、勿論「GOD」とも違う、日本人のオリジナルのものだったわけです。しかし、その「かみ」とは何を指すのか、宣長もついにその言葉の意味を納得ゆくまで考えきることはできなかった、ということを冒頭で告白しているわけです。【 】内は、本居宣長自身の注のようなものですが、それまでに説かれた様々な説には皆目を通したが、どれも納得できるものはなかった、と述べているわけです。

 最初に解らないと言っているのだから、それ以上はつけたしに過ぎないわけですが、その思いめぐらしてついに解らないが、この「かみ」という言葉はこのように使われてきた、ということを通して、言葉それ自体に至ろうとする努力の後が、以下の論考になっているのだと思います。

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