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2005年3月10日 (木)

子規  その1

正岡子規は「歌よみに与ふる書」で短歌革新を進めた人物で、近代短歌の源流に位置する人物であることは、よく知られています。

また、夏目漱石や秋山真之との親交でも知られ、「明治の精神」を体現する一人として見ることも出来るでしょう。

その精神の隅々まで明らかにするには力不足ではありますが、手元にある岩波文庫版「子規歌集」から、歌の草草を紹介したいと思います。ちなみに、戦前版のものとは編集が違います。その比較も改めてしたいと思っています。

日露戦争100周年ですが、子規は明治35年、それを知ることなく瞑目しました。享年37歳。「竹の里歌集」は彼の唯一のこされた歌集です。

俳句、短歌、写生文と、その足跡を辿るとき、爽やかな一陣の風が吹きすぎるのを感じます。多くの可能性を秘めながら、早過ぎる生を生き急いだようにも思われますが、彼の強靭な生命力は、脊椎カリエスという難病にも決して負けてはいません。

高校時代に「仰臥漫録」を読みました。「坂の上の雲」を読んで、知ったことによると思います。身辺雑記のようで、写生文のお手本のようでもありますが、朝昼晩に何を食べたのか克明な記録のような文章の中に、人を飽きさせない何かを感じました。

さて、今回のご紹介ですが、明治33年の歌です。

   我室(六首のうちから一首)

日の本の陸奥の守より法の王パッパポウロに贈る玉づさ

(念のため、読み方を ひのもとの むつのかみより のりのおう ぱっぱぽうろに おくるたまづさ)

キリスト教のことを云々して来ましたので、ちょっと目に止まりました。陸奥の守とは誰のことなのか、そのうち機会があれば調べておきます。「玉づさ」は手紙のことですね。日本の陸奥の守から、ローマ法王パッパポウロ(ヨハネパウロ?)に手紙を送った、ということですね。

さて、なんともからっとして気持ちのいい歌です。どこに感動があるんだ、などと余計なことは言わないで、ながめていると、気持ちがいいでしょう。何の衒いも、構えもなく、、法王に対して敬意も失わず、しかも卑屈にならず、堂々と、日の本の、と押し出している当たり、明治人気質というものを感じます。

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コメント

「明治人の気質」は何故そう有れたのでしょうか。
誇りでしょうか?自信でしょうか?それともそれが本来の日本人だからでしょうか?

司馬遼太郎が書いた「太郎の国の人々」確かこんな題名だったと思いますが、NHKの番組で「一人語り」をしたものを本にしたものです。そこには明治の日本を「可憐」と表現していたように記憶していますが、橘兄は如何思われますか?

投稿: 山の不動 | 2005年3月11日 (金) 午前 11時13分

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