« 「日本思想の源流〜歴代天皇御製を中心に〜」を読む | トップページ | 「日本思想の源流―歴代天皇を中心に―」輪読ノート (1) »

2005年3月25日 (金)

春の雪〜櫻

 今朝起きたら、雪が積もっておりました。

 遠くに車で出張する予定があったもので少しあせりましたが、幸いに「春の雪」で道路には殆ど影響はありませんでした。それでも、山の方は30センチ位積もったらしいです。

 100キロも離れた市へ行った帰り、今日は高速ではなく、下の道を通りました。陽がさんさんと照らす中、雪が舞っていました。不思議な光景でした。・・・

 「春の雪」は、三島由紀夫氏の最後の長編小説「豊饒の海」4部作の第1部の名前になっています。大正時代を舞台にしたもので、転生する主人公である松枝清顕を中心に展開する恋物語でもある。
 僕は、4部作の中でも一番好きで、王朝の雅というものをこのように描ける作家は、もう出ないだろうと思う。三島氏自身が、古典を体現した最後の世代だ、という意味のことを言っている。

 昭和62年の春、4月8日に東京を襲った大雪は見事だった。満開の桜の上に雪が降り積もった。あのような光景は中々お目にかかれないだろう。しかも、僕が目にしたのは、靖国神社の櫻だった。

 もうすぐ櫻の季節である。

 櫻の歌は、誰が詠んでもそれなりにさまになる。また傑作を詠むことは難しい。これはやはり伝統だろうと思う。櫻と日本人の付き合いは神代以来だから、これは本当に長い。万葉集には、梅を題材にした歌の方が多いとのこと。大陸伝来の芳しい香りを放つ梅花は、櫻よりも早く雪の中に咲く可憐さと共に、古代の人々を楽しませた。櫻は、より生活に密着していた。

 櫻吹雪というものを見たのは、大学に入学して上京した折だった。京王線の桜上水という駅の次の上北沢駅で下りて住宅街を一直線に伸びる道が桜並木になっていた。満開の桜が、音もなく絢爛に日の光を浴びて散っていく、道を見通すことも出来ないほどに。春の日の静寂の中を、見事に散っていく桜の姿が、僕の原風景となった。未だに、あの感動を超える桜を見ることはない。

 久方の光のどけき春の日にしづこころなく花の散るらむ

 古今集のこの歌が、この何とも形容のし難い僕のこのときの心持ちを、掬い取ってくれているように思われる。

 学生時代の友人で、京都出身の男がいた。彼は、古今集は京都の自然を極めて適確に捉えているように思う。京都では古今集が実感を込めて読むことが出来る、という意味のことを言っていた。

 子規は、四国の人だった。聖徳太子が御幸されたという道後温泉は未だに健在である。子規はその血からして、万葉に近かったのかもしれない。また、余談ではあるが、南北朝時代、最後まで南朝に忠節を尽くした越智氏は、この近在の出である。

 櫻の季節が近づくたびに、不思議な心持になる。そぞろに落ち着かなくなり、まだ冷たい風を浴びながら、ふらふらと散歩などしたくなる。何ということのない花であるのに、なぜこのようなことになるのだろうか。

 木花咲久夜姫命は、櫻の精である。天孫ニニギの命がこの姫と結婚した。

 山の神の娘である櫻の精が、皇室を通じて日本の国の遠い遠い記憶として伝えられてきているのである。日本が櫻の国だというその源は遥かに深く、日本人の心の中に根ざしている心情そのものなのかも知れない。櫻の精は日本人の心の中に、確かに棲んでいる。

 もうすぐ櫻が咲き始める。やがて物憂い春がやってくる。

 風さゆる み冬は過ぎて まちにまちし 八重桜咲く 春となりけり
 国の春と 今こそはなれ 霜こほる 冬にたへこし 民のちからに

 昭和二十八年四月二十八日、独立回復の日、「平和条約発効の日を迎へて」と題されて詠まれた、昭和天皇の御製である。

 文法として「こそ〜なれ」=強調、ということだけ知っていれば、小学生でもよく意味を取ることが出来るだろう。「まちにまちし」「国の春と」の一字字余りは、溢れて止まぬ喜びのご表現だと思う。

 国の春という国の独立を言祝ぐお言葉、民のちからにという国民への全幅の信頼をお寄せになったお言葉、戦後の独立回復の原点は、正にこの二首の御歌に余すところなく表現されている、と思われる。このことを、しみじみと味わうことが出来る、その心の姿勢が、日本人が今忘れている心なのではなかろうか。

 同期の桜を歌う会、という戦友会の催しがある。

「貴様と俺とは同期の桜 同じ兵学校の庭に咲く 咲いた花なら散るのは覚悟 見事散りましょ国のため」 

 有名なこの歌は、現代の「読み人知らず」の歌である。民族の伝統というのは、このように湧き出るのかも知れない。
 心に櫻を持った民族、日本民族をこのように表現することも出来よう。

 櫻を心に持った民族だからこそ、世界の中でその独自の姿を発揮することも出来るのだろう。

 水上勉氏の「櫻守」にあったが、櫻は戦後、痛め続けられている。櫻が病むとき、日本人の心も病むのかもしれない。
 それでも、人々は、櫻の下に集まって、酒を飲むのである。

|

« 「日本思想の源流〜歴代天皇御製を中心に〜」を読む | トップページ | 「日本思想の源流―歴代天皇を中心に―」輪読ノート (1) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 春の雪〜櫻:

« 「日本思想の源流〜歴代天皇御製を中心に〜」を読む | トップページ | 「日本思想の源流―歴代天皇を中心に―」輪読ノート (1) »