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2005年3月27日 (日)

「日本思想の源流―歴代天皇を中心に―」輪読ノート (1)

第八章 日本思想を西洋思想とくらべて

 一、「私」と「個人」と

 ○人の心の二つの傾向について

  (一)自分のことだけに執着・「我執」

  (二)自己以外の人に相対して、その相対する人が示す「まごころ」に感動し、その人の「心」のなかに、わが身もわが心も融け込ませてしまうような「没我の境」を生み出す
          ↓
     人間同士の努力によって初めて養われていくもの価値あるもの・美しいもの

    ※「私情」の中にはこの(二)の傾向をも含んでいた。
     「私」「自己」を考える前提に、自己以外の人の心の中に自己の心を投入させる美しい「私情」をごく常識的に、ごく自然に考えていた。

 ○明治以後に西洋から移入された「個人」という言葉

     ※「個人」=「私」「自己」ではない

    自己→相対する人→(没我の境)→感謝の心→大自然の恩恵への感謝→親に対する謝恩の心→天皇への感謝の心

   天皇の大御心…人間はお互いに信じ合いながらともどもに楽しく生きていこうではないかと呼びかけられる。

 ○日本人=現実ありのままを大切にした人々

  「私情」→時には、感謝する相手のために、自己の尊い生命を捧げても悔いない「没我の精神」として発露。=平時における「私事を擲って公の事に献身する「公のために自分が役立ったという喜び」

    =祖国の危急の時=「にっこりと国のために笑って死ぬことさえできる「殉国の精神」。
           
 ○人の心が向上するプロセス

  「我執」→「私情」→「没我の精神」→「公共心」→「殉国の精神」

※「我執」につきまとわれつつもこれを振り切り、遠ざける努力を続けるときに生まれるもの。
        
「人間の心はどんなに美しい心を発露させる場合でも、「我執」を遠ざける努力が、その都度その人の心の働きによってなされていて、それを遠ざけ得た時に、美しい「私情」があらわれ、「没我の精神」が生まれ、発しては万朶の桜となると評された大和魂の発露ともなっていったのである。」

「人の心なるものは、時に美しい発露を示しても、次の瞬間には、もとのもくあみのごとく醜い「我執」の禽にされてしまうもの」

   「心は常に揺れ動くもの」→「人間のありのままの姿」

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