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2005年3月 5日 (土)

「新約聖書」を読む マタイによる福音書 第8章

山上の垂訓以降

さて、イエスは山から下りる。すると、おびただしい群集が後をついてくる。

群集(large Crowds)という言葉は以後、随所に登場する。そして、イエスの行くところ常について回るのである。

そして、その中には常に病に苦しむ者がいる。
その中でも、繰り返し登場する典型は、
らい病患者 leprosy である。
また、中風患者 paralyzed である。
そして、悪霊に憑かれた者 demon-possessed である。

当時、このシモンの地、ユダヤの地に多くいた人々なのだと思われる。


また、イエスに群がる群集を見て寄ってくる別の者がいる。
それが、律法学者 teacher of the law である。

最初、イエスは、優れた律法学者と思われたのかもしれない。
19で、一人の律法学者が、イエスに向かって、「先生、あなたの行かれるところに、どこへでも従います」という。

このときイエスは、
Foxes have holes and birds of the air have nests, but the
Son of Man has no place to lay his head. (20)
という。
狐には穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子には頭を横たえる場所もない、というフレーズだ。

軽い自嘲さえ感じられるが、無限のやさしさも感じられる、言葉であるように思われる。
以後、休む間も無く、教えを説くためにあちこちを歩き回られるわけだが、そのことが既に暗示されているようにも思われる。
しかし、やがて彼らは、イエスを告発するものへと変わっていくのだ。

前後するが、イエスは、癒された人々に対して繰り返し、言われる。

You don't tell anyone  (4)
(このことを誰にも話さないように)

これは、噂が一番早いスピードで広がるやりかたでもあるが、イエスとしては必ずしもそうした事を狙ったわけではないだろう。
病が癒されるということは、イエスにとってはむしろ当たり前のことに属するのであり、苦しむ人に対する憐れみによって、癒しを施されるのだが、それは次の言葉の通りのことであったろう。

Go! It will be done just as you believed it would! (13)
(行け、あなたの信じたとおりになるように)

この言葉は、ある一人の百卒長  a centurion にかけられたものであり、イエスは、彼の信仰に深く感動している。このエピソードは、この前にあるところの、「権威あるもの」ということに対応して、印象的な話である。ユダヤ民族の宗教を超える契機を、既にここに見出すことも出来るかも知れない。  

信仰の力、ということを弟子たち disciples にも繰り返し説いている。

イエスが湖のほとりから、舟に乗り対岸に渡ろうとした際、激しい暴風雨が襲い、舟は呑まれそうになる。
このとき、イエスは眠っていた。
But jesus was sleeping.  (24)

さりげない一言だけれども、イエスという人の姿が彷彿と浮かんでくるところだ。

弟子たちが、
Lord,save us!We're going to drown!    (25)
主よ、お助け下さい!沈んでしまいます!
と、イエスに泣きつく。

するとイエスは、
You of little faith,       (汝信仰薄きものよ・・・君たちはほんのわずかな信仰しかもっていないのだねえ)
why are you so afraid?   (何でそんなに恐れることがあるんだい?)
と、のんびりした答えだ。  (26)

このフレーズは何回も出てくる言葉だが、イエスが信仰薄い弟子たちを、根気良く導いていこうとされる様が良くあらわれている。

28から34までの物語は、ドストエフスキイが「悪霊」で取上げた部分でもあるが、確かにちょっと不気味なエピソードでもある。

ここ、ガラダ人の地で、墓場から出てきた悪霊に憑かれた二人の者が、イエスに出会う。
彼らは乱暴者で、誰もそのあたりの道を通ることが出来ない。
突然、彼らは叫んでいう。
What do you want with us, Son of God?
Have you come here to torture us before the appointed time?
(あなたは何でやってきたんですか?神の子よ!まだそのときでないのに!)
悪霊の叫ぶ言葉は興味深いといえる。
彼らには、the appointed time がある、ということを認め知っているのだ。
そして、彼らは、自分たちを追い出すならば、遠く離れたあの豚の群れの中に使わしてください、という。
そして、その通りになった。すると、豚の群れは駆け出して崖からなだれを打って湖に飛び込んで死んでしまう。
豚飼いは、そのことを町に行って話す。
町の人々は、イエスに、この地方から去るように頼む。

悪霊が、イエスに復讐した、という図である。
ポツっとでてくるエピソードで、余り気持ちのいいものではない。

第8章はここで終わる。

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