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2005年3月20日 (日)

子規 その4  明治三十一年の短歌 (1)

 歌集を見て直ぐ気付くのは、明治31年から作歌数が一気に増えることである。また、その後、万葉振りの歌作者として子規が紹介した源実朝の「金塊和歌集」を歌った次の歌が現れる。

   金塊和歌集を読む
試みに君の御歌を吟ずれば堪へずや鬼の泣く聲聞ゆ

 古今集序に「鬼神をも泣かしめ」とあるのを踏まえているのかも知れないけれども、それほどの切々と心に響く歌の数々だというのだ。実際に、声に出して朗々と読んだのだろう。

 短歌は、俳句よりも遥かに長い歴史と伝統を持っている。和歌という言葉を広く用いれば、短歌も俳句も入ってしまうかもしれない。そこで、子規の行った仕事については、伝統的な和歌と区別して、短歌革新、という言い方が用いられることになる。

   病中
我に神の歌をよめとぞのたまひし病ひに死なじ歌に死ぬとも

 これは正に内面から催してくる衝動が如何に強いものであるかを現した歌のようにおもわれる。また、病気なんかで死んでたまるか、という子規の叫びが聞こえてきそうだ。正に、歌に命をかける、そう覚悟していったのだ。
 そう思うと、この歌の直ぐ後に、

   日本の国を
千はやぶる神の御代より日の御子のいやつぎつぎにしろしめす国
たひらかに緑しきたる海の上に櫻花咲く八つの島山

という歌が続くのは、歌に命をかける志が、歴史と伝統の国、美しい自然の国日本を守る、というそのことに向かっていることをうかがわせるに足るであろう。

子規に、このような幕末維新の志士の継承者の面影を見ることは決して飛躍ではないと思う。

子規の爽やかさは、しかし、すぐ続けて、次の歌を掲げているところにあるようにも思われる。

   ベースボールの歌
久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも
今やかの三つのベースに人満ちてそぞろに胸のうちさわぐかな

まだ「野球」という言葉が生まれていなかったことが思われるが、満塁の興奮を実に素直に表現していて、共感を呼ぶ。アメリカ人のアメを天に見立てて久方のという枕詞を使っているところなどは、茶目っ気さえ感じる。子規は、どこでベースボールを見たのだろう。この頃既に「草野球」のように空き地で行う人がいたのだろうか。誰がプレイしていたのだろうか。野外に出かけて試合に見入る子規は、まだこの頃は歩けたのだろうか。自分でもプレイしたのだろうか。どうも、歩けたとは思えない。「足なへにして」という言葉が直ぐ後の歌に出てくるのだから。

歩けなくなる、ということが健常人にはちょっと想像出来ない。
精神が如何に自由でも、自分では家の外に出ることも叶わないという状況は、やはり一つの極限状態であろう。
そうした中にあって、子規は「足たたば」の連作短歌を作っている。

   足たたば
足たたば不盡の高嶺のいただきをいかづちなして踏み鳴らさましを
足たたば二荒のおくの水海にひとり隠れて月を見ましを
足たたば北インジャンのヒマラヤのエヴェレストなる雪くはましを
足たたば蝦夷の栗原くぬ木原アイノが友と熊殺さましを
足たたば新高山の山もとにいほり結びてバナナ植ゑましを
足たたば大和山城うちめぐり須磨の浦わに昼寝せましを
足たたば黄河の水をかち渉り崋山の蓮の花剪らましを

体が健常でも、精神(こころ)の病んでいる人は多い。何れが幸で何れが不幸かは、極め難い。
しかし、精神の健康、自由というものの姿を、子規ほどにはっきりと示してくれる人はそれほど多くはない。これは確かなことのように思われる。

もう一つ、この頃の子規の精神の自由を明瞭に示す連作短歌がある。

   われは
ひむがしの京の丑寅杉茂る上野の陰に昼寝すわれは
吉原の太鼓聞えて更くる夜にひとり俳句を分類すわれは
富士を踏みて帰りし人の物語聞きつつ細き足さするわれは
昔せし童遊びをなつかしみこより花火に余念なしわれは
いにしへの故郷人のゑがきにし墨絵の竹に向ひ坐すわれは
人皆の箱根伊香保と遊ぶ日を庵にこもりて蠅殺すわれは
菓物の核(さね)を小庭に蒔き置きて花咲き実のる年を待つわれは
世の人は四国猿とぞ笑ふなる四国の猿の子猿ぞわれは

このひねくれ方は健康だ、と思う。

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