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2005年3月18日 (金)

竹島の日制定にちなんで

時局については、触れないでおきたかったけれど、どうしても触れたくなったので触れる。
竹島の日の制定で、韓国が大騒ぎしているけれど、正直、不愉快だ。

竹島の不法占拠という実態について、これまで日本の国民が余りにも忘れ果ててしまっていたかのようでもあり、今回のことは、かえって日本人の「領土意識」に目を開かせる意味でもいい刺激になると思われる。

それにしても、韓国側の盛り上がりには閉口させられる。ソウルの市議会議員が匕首持って島根県議会にやってきたなど、安重根を気取っているのか、人の国にやってきて選良であるはずの議員がテロをやろうというのか、余りにも常軌を逸していると言わざるをえない。

「日韓親善」が全ての前提であり、そのためには領土問題に目をつぶれ、といわんばかりのマスコミや政府の一部の声には、呆れてしまう。

国家の基本構成要素は「領土・主権・国民」の3つであり、領土に関する主張は、国の基本に関わる問題です。領土=国土を失うということが、何を意味するかは、ユダヤ人の歴史に明らかであり、普通の民族は、あそこまでされれば普通滅びます。

こういうと、韓国にしたって同じなんだから、ということを言う人が必ず出てきますが、当事者でありながら、傍観者的、第三者的な位置に身を置くことがかっこいいとでも思っているのでしょうか?そういう精神の退廃は断じて許せません。そうした観念論で生きていくことは出来ません。イスラエルとパレスティナの戦いがなぜ終わることがないのか。生存をかけているからでしょう。問題の性質は同じようなものです。あの場にいって、暢気なことを言えば、両方から弾が飛んでくることになるでしょう。

日本の専守防衛の立場から言っても、本土への直接侵略なわけですから、本来個別的自衛権を発動してもいいのではないかと思われますが、国際紛争の解決の為の武力行使を放棄したと憲法第9条にあるから、これも出来ない相談なのかもしれません。しかし、だとするならば、自衛隊は、本土に外国の軍隊が上陸して来ても自衛権を行使することは出来ない、ということになりはしないでしょうか。この当たりの法解釈は一体どうなっているのか、聞いてみたいところです。実際、北朝鮮には世界最大規模の12万にも及ぶ特殊部隊があります。それが、工作船のようなやりかたで日本本土に浸透した場合、自衛隊は彼らを撃退して、国の主権を守ることが出来るのか。能力的な問題は勿論ですが、法的な解釈はどうなるのか。常識は、出来るのが当たり前だ、というかも知れませんが、法体系はそうなっていない可能性があります。いざという時に、自衛隊の超法規的措置に任せるというのでは、余りにも無責任です。

あるいは、こちらが攻撃しなければ、被害も少ない、として、唯々諾々として、占領に甘んじるのでしょうか。非武装中立や無抵抗主義というのは、正にそうしたことをさしているように思えてなりません。自らの運命を、自らで担うという確固とした意志なくして、国の独立は有り得ないという、当たり前のことが思われます。北朝鮮の特殊部隊に対して、保護を依頼するのでしょうか。そしてその見返りに、北朝鮮という国に対して忠誠を誓うのでしょうか。パンを得れば、それで良いのでしょうか。

決して、空想的な言辞を述べているつもりはありません。こうしたことを考えないこと自体が、国というものを忘却し、自らの運命というものについても忘却した、思考停止の表れではないかと思うからです。

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