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2005年3月13日 (日)

子規 その2  金州

 子規は、日清戦争に際して従軍記者として支那に渡ります。結局この頃から喀血するなど健康を害するのですが、意気は軒昂です。

   従軍の首途に
かへらじとかけてぞちかふ梓弓(あずさゆみ)矢立(やたて)たばさみ首途(かどで)すわれは

 この歌を詠んだ子規の脳裏に過ぎったのは、楠木正行が、四条畷の合戦の出陣に際し、先帝の御廟を拝し、如意輪堂の扉に書き付けたという次の歌で合ったかもしれません。

「かへらじとかねて思へば梓弓なき数にいる名をぞとどむる」

 子規の意気込みたるや、正に天を衝く勢いであったでしょう。

   金州城にて
から山の風すさぶなり故(ふる)さとの隅田の櫻今か散るらむ
たたかひの跡とぶらへば家をなみ道の邊にさくつま梨の花

   金州城外所見
もののふの屍をさむる人もなし菫花さく春の山陰
大原の野を焼く男野を焼くと雉(きぎす)な焼きそ野を焼く男
靄深くこめたる庭に下り立ちて朝の手すさびに杜若剪る

 丁度、春の頃だったのでしょう。大陸の風は寒く身に沁みたのでしょう。
 菫が武士の屍に手向けられたように咲いているのを山陰に見たのでしょうか。
 野を焼く男に、雉を焼かないように、と、心の中で呼びかけたのでしょうか。
 朝靄の深く立ち込めた中に起き出して、かきつばたにはさみをいれたのでしょう。

 とても戦場に行ったとは思えませんが、この旅行は、子規の生涯で最も遠くに遠征した記念となるものだったでしょう。

   支那より帰りて
山毎に緑うるほひ家毎に花咲かせたる日の本うれし

大陸の山は土の色で緑がありません。日本の山は緑に覆われています。その目に痛いほどの緑と、家々に植えられている花が咲く様に、心から嬉しく思ったのでしょう。

   金州
官人(かんじん)の驢馬(ろば)に鞭(むち)うつ影もなし金州城外柳青々(きんしゅうじょうがいやなぎせいせい)
城中(じょうちゅう)の千株(せんしゅ)の杏(あんず)花咲きて関帝廟下(かんていびょうか)人(ひと)市(いち)をなす

漢詩の世界を和歌に移し変えたような、一服の絵にも似た情景を詠んでいます。無論、子規の心に映った金州です。

心は世界を駆け巡ることが出来ても、体は結核に冒されて生きました。体は病んでいても、子規の心は最後まで健康だったわけですが。

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