2015/01/25

坂本龍馬の歌    その2

   湊川に詣でて

月と日のむかしを忍ぶみなと川ながれてきよき菊のしたみづ

   明石の浦に逍遥して

うきことをひとりあかしの旅衣いそうつ浪もあはれとや聞く

   題しらず

人ごころ今日やきのふと変る世にひとりなげきのます鏡かな

文ひらくころもの袖はぬれにけり海よりふかき君がみこころ

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坂本龍馬の歌   その1

坂本龍馬

 名は直柔。土佐藩士。体格膂力共に優れ、千葉周作等に就いて剣道を学んだ。
海防の喫緊の要事なるを察し、西洋事情を究め、航海造兵の術を修めた。元治
の変後、薩長土の連合に成功し、陸援隊長の中岡慎太郎と並んで海援隊を率ゐ
て活躍した。慶応3年11月、中岡慎太郎と京都河原町の仮寓に用談中、何者か
に暗殺せられた。享年33歳。贈正4位。
 (『幕末勤皇歌人集』の紹介にやや手を加へる)

   第しらず

世の中の人はなにともいはばいへ我がなす事は我のみぞ知る

   大政返上の議決したる時

心からのどけくもあるか野辺はなほ雪氣ながらの春風ぞ吹く

   桂小五郎におくる

行く春も心やすげに見ゆるかな花なき里のゆふぐれのそら

春くれて五月まつまのほととぎす初音をしのべ深山辺のさと

藤の花いまをさかりに咲きつれど船いそがれて見返りもせず

みじか夜を飽かずも啼いてあかしつる心かたるな山霍公鳥

あらし山ゆふべ淋しく鳴る鐘にこぼれそめてし木々のもみぢば

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2011/01/29

橘曙覧の歌 (2)  独楽吟

1 たのしみは 草のいほりの 筵敷き ひとりこころを 静めをるとき

2 たのしみは すびつのもとに うち倒れ ゆすり起こすも 知らで寝し時

3 たのしみは 珍しき書 人にかり 始め一ひら ひろげたる時

4 たのしみは 紙をひろげて とる筆の 思ひの外に 能くかけし時

5 たのしみは 百日ひねれど 成らぬ歌の ふとおもしろく 出できぬる時

6 たのしみは 妻子むつまじく うちつどひ 頭ならべて 物をくふ時

7 たのしみは 物をかかせて 善き価 惜しみげもなく 人のくれし時

8 たのしみは 空暖かに うち晴れし 春秋の日に 出でありく時

9 たのしみは 朝おきいでて 昨日まで 無かりし花の 咲ける見る時

10 たのしみは 心にうかぶ はかなごと 思ひつづけて 煙草すふとき

11 たのしみは 意にかなふ 山水の あたりしづかに 見てありくとき

13 たのしみは 尋常ならぬ 書に画に うちひろげつつ 見もてゆく時

14 たのしみは 常に見なれぬ 鳥の来て 軒遠からぬ 樹に鳴きしとき

15 たのしみは あき米櫃に 米いでき 今一月は よしといふとき

16 たのしみは 物識人に 稀にあひて 古しへ今を 語りあふとき

17 たのしみは 門売りありく 魚買ひて 煮る鍋の香を 鼻に嗅ぐ時

18 たのしみは まれに魚煮て 児等皆が うましうましと いひて食ふ時

19 たのしみは そぞろ読みゆく 書の中に 我とひとしき 人をみし時

20 たのしみは 雪ふるよさり 酒の糟 あぶりて食ひて 火にあたる時

21 たのしみは 書よみ倦める をりしもあれ 声知る人の 門たたく時

22 たのしみは 世に解きがたく する書の 心をひとり さとり得し時

23 たのしみは 銭なくなりて わびをるに 人の来たりて 銭くれし時

24 たのしみは 炭さしすてて おきし火の 紅くなりきて 湯の煮ゆる時

25 たのしみは 心をおかぬ 友どちと 笑ひかたりて 腹をよるとき

26 たのしみは 昼寝せしまに 庭ぬらし ふりたる雨を さめてしる時

27 たのしみは 湯わかしわかし 埋み火を 中にさし置きて 人とかたる時

28 たのしみは とぼしきままに 人集め 酒飲め物を 食へといふ時

29 たのしみは 客人えたる 折しもあれ 瓢に酒の ありあへる時

30 たのしみは 家内五人 五たりが 風だにひかで ありあへる時

31 たのしみは 機おりたてて 新しき ころもを縫ひて 妻が着する時

32 たのしみは 三人の児ども すくすくと 大きくなれる 姿みる時

33 たのしみは 人も訪ひこず 事もなく 心をいれて 書を見る時

34 たのしみは 明日物くると いふ占を 咲くともし火の 花にみる時

35 たのしみは たのむをよびて 門あけて 物もて来つる 使ひえし時

36 たのしみは 木の芽煮やして 大きなる 饅頭を一つ ほほばりしとき

37 たのしみは つねに好める 焼豆腐 うまく煮たてて 食はせけるとき

38 たのしみは 小豆の飯の 冷えたるを 茶漬けてふ物に なしてくふ時

39 たのしみは いやなる人の 来たりしが 長くもをらで かえりけるとき

40 たのしみは 田づらに行きし わらは等が 鋤鍬とりて 帰りくる時

41 たのしみは 衾かづきて 物がたり いひをるうちに 寝入りたるとき

42 たのしみは わらは墨する かたはらに 筆の運びを 思ひをる時

43 たのしみは 好き筆をえて 先ず水に ひたしねぶりて 試みるとき

44 たのしみは 庭にうゑたる 春秋の 花のさかりに あへる時時

45 たのしみは ほしかりし物 銭ぶくろ うちかたぶけて かひえたるとき

46 たのしみは 神の御国の 民として 神の教へを ふかくおもふとき

47 たのしみは 戎夷よろこぶ 世の中に 皇国忘れぬ 人を見るとき

48 たのしみは 鈴屋大人の 後に生まれ その御論をうくる思ふ時

49 たのしみは 数ある書を 辛くして うつし竟へつつ とぢて見るとき

50 たのしみは 野寺山里 日をくらし やどれといはれ やどりけるとき

51 たのしみは 野山のさとに 人遇ひて 我を見しりて あるじするとき

52 たのしみは ふと見てほしく おもふ物 辛くはかりて 手にいれしとき


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2010/02/14

伴林光平の和歌  ~その4~  冬の部

   杜初冬
神垣にしづがをしねもとりかけて田中のもりは冬さびにけり

   落葉
木がくれをかよふ筧の水おともかつ埋もれて散る紅葉かな

   霧夜散歩
かれのこる野づらの菊の香を清み霜夜の月にいくかへりしつ

   雪中若菜
埋もれし御陵のあとをとめがてら長野のわか菜雪に摘ままし

冬がれの宇陀の血原のゆふかぜに友まつしぎの聲のかなしき

   落雁
霜ぐもりかぎりも知らぬ大空をいやしくしくに雁のゆく夜か

   冬の歌の中に
咲きそめて雪はづかしき白菊も仇なるいろにうつりゆく世や

松にのみ嵐は見えて小野原の枯生しづかに照る月夜かな

   寒夜
たらちねの心づくしの綿くぬをまきてしぬれば寒き夜もなし

   歳暮雪
けぬが上にふれふれ深雪ゆく年も道わかずとてかへりくるがに

雑の歌
   天
浮雲はたちまよへども大空の廣きこころはかくれざりけり

   日
天てらし六合てらします日の御かげをがめ人々朝な夕なに

   虹
はしもとをわがたち來れば山崎の松より上に虹たてり見ゆ

   雷
いかばかり神やいかれる天つちの裂けばさけよと鳴りぞはためく

   笠
大君のみくらになびくきぬ笠はあめの下をばおほふなりけり

   筆
春日野の鹿のなつ毛の筆とりて天津のりとはかきもつらねむ

もてならす筆の和毛のにこやかに笑みかはしつつ吾世つくさむ

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伴林光平の和歌  ~その3~  秋の部

   英吉利の敵船西の海より来など人の云ふを聞きて立秋のうた
よりくともさはりあらめや唐舟の眞帆吹きおくれ秋のはつかぜ

   月
大空の月のしるべき身ならねど影すむ夜半はながめられつつ

雲はらふ科戸の風ぞここちよき月のひかりのいよよまさりて

   路上月
わけすてし尾花が末のはなれ岡かへり見すれば月は出にけり

   七草懐舊
匂ひつるその面かげぞしのばるる秋のななくさをり数へつつ

   古戦場虫
ますらをが駒乗りすてし山かげに夜な夜なひびくくつわ虫かな

   秋祝
君が代の長野の末のむしろ田に鶴もおり居て千代よばふなり

   秋夜
何となき小草が上も松虫のこゑする夜半はながめられつつ

   古戦場草花
ますらをが命をつゆとあらそひし荒野の小草はな咲きにけり

   雁
おとづるる雲井のかりの聲きけば秋こそ人はこひしかりけれ

   禁中菊
大君の千五百のあきのすゑかけてさくや御園の八重のしら菊

   龍田神社の画に
もみぢ葉の赤きこころを忘れずばたつ田の神も守りますらん

   秋鶴
明けわたる門田の稲のはろばろに鶴が音きこゆ秋ふけぬとか

   野秋風
秋風は松にふくだにかなしきを小野の八千草すゑ騒ぐなり

   木津川にありける頃思ふことありて
瀧川の瀬々の落あゆこころせよ果は木の葉にうもれもぞする

   暮秋
山つとのつゆの枝栗おのれさへひとりゑみして秋おくるらむ

   十津川にありける頃都人の音信をききて
七くさも千草もあたになりにけりせめては残れ野辺の萩はら

くろ谷の夜はの月かげかき曇りしぐれもゆくかみやこ大路は

   秋の暮の歌に
うす霧のたつ田の奥にいほしめて千入の秋をひとに見せばや

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伴林光平の和歌   ~その2~ 夏の部

   夏のはじめに
卯の花のゆふしでかけて宿ごとに神まつりする夏は來にけり

   雨中橘
五月雨はしばしとだえて立花のつゆにこゑあるゆふぐれの庭

   夏日
雨そそぐうら若竹のした窓にふみよみさして今日もねぶりつ

   早苗
狭山田のくろのめぐりのうつ木原朝かぜすずし早苗とらばや

咲きそむる卯の花がきのひま見れば山田の早なへ夏たちにけり

   夏歌
打ちなびく池辺の竹の葉ごもりにすずしさそへて水鶏なくなり

   川辺撫子
なでし子の色なつかしみ小野原のすゑの草川来て見つるかな

   卯月十日頃人のもとへ
ほととぎす鳴初めしより卯の花の露にこころを置かぬ日もなし

   郭公
春日山そらゆく雲のゆくりなく聲ききつけしほととぎすかな

   朝卯花
かげしらむ卯の花垣のあさづく夜さやかに見ゆる風の色かな

   夏野
夏くさの末野をゆけばなでし子の露のみだれもにくからぬかな

   山のさみだれ
水のおとも空に曇りて瀧の上のをぐらの山にさみだれぞふる

   夏の歌ども
里の子が草合せするこゑすなり秋來にけらし野辺のかよひ路

夕立のなごりしたたる垣根よりぬれてこぼるる鈴虫の聲

さらでだに夕はものの悲しきををぐさに細る松虫の聲

そこ清き天の眞名井もありと聞く雲の上のみながめられつつ

わか竹は思ひなげにも立てりけりまだ世ごころも知らぬなるらん

   五日祝
けふはとてかざすあやめの草櫂も長き根ざしを祝ふなりけり

   水鶏
まこも草葉ずゑしらみて明方のつゆふく風にくひななくなり

   夏社
ときは木の蔭ふみならしはふり子がかよふさ庭も涼しかりけり

   東紀行の中に
山遠きみどりの末の白雲もこころにかかるあづま路の空

   六月十八日、飯田秀臣北国へ帰る別に
若たけの葉末のあめのふりはへてとひこし人を返しやらめや

をすすきの袂ゆたけき我ならばしぐるる秋もやどかさましを

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伴林光平の和歌   ~その1~ 春の部

   立春
鶴むらの春つげわたる雲の上にまづ大きみの千代ぞ見えゆく

   鳥立春
ほこ杉の下枝のゆきのひとしづくおのころ島も春やたつらむ

   正月初つかた野辺に出て
初若菜かずならぬ身も大君の千代をよそには摘まじとぞおもふ

   十家の若菜をよめる中に武者若菜を
君がためけふはいははむ梓弓比企野のわか菜さむくとも摘め

   野亭鶯
うぐひすの来居て鳴くなる野づかさに家居しをれば物思ひもなし

   古戦場梅
手折りつる野づらの梅のはるかぜにますらをの名も薫り合ひつつ

   月瀬に梅見に物しける時
かげかすむ月のわた瀬に舟うけてはる二月はさかみづきせん

山人のゆめのとだえや如何ならんくもに聲ある谷川の水

長らへば又も来て見むうめの花むかしをしのぶ蔭はなけれど

   夕春雨
花ちりて汲む人もなき山の井に春雨そそぐゆふべ淋しも

   春田
浅茅生のしもに埋れし小山田を春にかへして咲くすみれかな

あれはてし去年の古田の浅茅はらのどけき春に打ちかへさばや

   春月
夕がすみ雨になりゆく木の間よりかげ重げにもいづる月かな

今日もまた梅が香寒しくぬぎ原木の芽も春の雪もよひして

   大石良雄ぬしの故邸の櫻を見て
かげふみて昔偲べば庭さくらをしまれてこそ人も散りしか

   風前花
しかりとて共に散るべき身ならぬに風ふく毎に花ぞかなしき

おのづからうつろふだにも悲しきを嵐にたぐう花の心よ

   糸櫻
糸櫻こころのかぎり匂はせて春の日数も結びとめばや

   花の歌おほくよみたる中に
物おもひなき世と花やおもふらん昨日も今日も咲き添はりつつ

   八重櫻
見るごとにこころのどけし八重ざくら一重に八代の春やこもれる

   山家花
あはれ知る人しなければ山里の花もうき世やこひしかるらん

   落花
待ち待ちて咲く見し間に散りにけりなどさは花のこころ短き

散る花のすずろごころにくらぶれば蝶はなかなか静けかりけり

   香具山のほとりにて
藤原の大宮どころあとあえて乙女がともは春田うつなり

   奥の院へのぼるほど
三代をへし都の春のままならばいかにのどけき山路ならまし

   延元陵ををがみて
塔の尾のみ墓のさくら今も尚はれぬみ霧にやつれてや咲く

   楠公の御墓にて
千早川すぎしうき瀬のあとしめて咲きみだれたる山ぶきの花

跡のこすみ墓の松の下つつじこがれて咲くもあはれなりけり

古をおもひつづくる松かげにおり立ちてなく山がらすかな

   寄春田祝
おり立ちてけふは君をも祝ひてん外面のにひ田かへすがへすも

   落梅
そことなき小田の蛙のうひ聲も梅ちる夜半はかなしかりけり

   呼子鳥
呼子鳥よぶこゑしげし汝もさはうつろふ花やつれなかるらむ

呼子鳥なくなる聲を山かげの花にへだてて春ぞ暮れゆく

   寺中呼子鳥
なれもさは浮世の人をよぶ子どり花山てらにこゑしきるなり

   春の日、藤本眞金のもとへ
吉備人とともにを摘まん初若菜わが大君の千代をかぞへて

   春追悼
つみすてし垣根の草は萌えにけりいにし其子よなど帰りこぬ

   春の歌の中に
かすみ立つ天の橋だてこととはむ雲のかよひ路たえて幾世ぞ

大きみのふかきめぐみに生駒山ことしの春も花を見るかな

   春述懐
うつせみの我世のかぎり花園の胡蝶の夢にあそびてしがな

   暮春旅
たびごろも日数かさねし身のうさも花見し程は忘れしものを

   白躑躅
くま橿のしげみをもれて薄色ににほふつつじの花かげもよし

春を浅みまだ根にこもる七草もむかし思へば数へられつつ

   寄若菜祝
いさけふは野辺のなな草七かたまつみつつ君が千代を数へん

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伴林光平  略歴

伴林光平  略歴 (二四七三~二五二四)

 文化十年、河内国南河内郡道明寺村の真宗尊光寺の僧家の二男として生る。

名は光平、藁齋と号し又、斑鳩隠士といつた。

はじめ京都の西本願寺、奈良の薬師寺に於て仏典を究め又、遠州浜松の儒官川上東山に朱子学を習ひ、更に因幡の国学者飯田秀雄に国典を学び兄弟の約を結ぶ。

これより法名大雲を捨て、伴林六郎光平と称す。

伴林の姓は産土の社、伴林神社に因んだもの。

ついで紀伊の国学者加納諸平に従ひ、江戸に出でて伴信友の門に入つた。

天保十年、生家尊光寺から帰国を命ぜられ再び剃髪して中河内郡八尾なる教恩寺に住し、門人を集めて国学と和歌を教授し、尊皇の大義を唱ふ。

又、信友の嘱に応じて山陵の調査に当る。

安政四年以来、奈良中宮寺の宮尊澄茂淳女王に召されて神書を講じ、和歌の添削を命ぜられてゐたが、時勢の切迫するに従ひ悠々香を焚き経を誦する時でないとして文久元年二月、寺門を去り法隆寺村の駒塚に移り国学と和歌を教へた。

「本是神州清潔民。謬為佛奴説同塵。如今棄佛佛休恨。本是神州清潔民」といふ名高い詩はこの時の詠である。

時に光平四十有才。

文久三年二月、山陵調査の事が天聴に達し叡慮の御沙汰書を拝した。

夙に国事を憂ひ京阪の間を往来してゐたが、天誅組の大和義挙が起るや勇躍して参加、中山忠光を奉じてその記録係となり画策して屡々偉功衆に超えた。

軍敗れて長州に奔らんとしたが病のため奈良奉行の手に捕へられた。

その間の事情は「南山踏雲録」に詳しい。

幾もなく京都六角の獄に下る。獄中にては連日、万葉集を暗誦し、且つ之を講じた。

その講説は精妙を極め同志は皆その憂情を慰め得た。

元治元年二月十九日同士と共に斬らる。年五十二。

 著書―「南山踏雲録」「於母比傳草」「稲木抄」「上京紀行」「垣内の七草」「三政一致説」「河内国陵墓図」「陵墓検考」等。

いま「伴林光平全集」に収めらる。「南山踏山録」は獄中にて叙したもので、悲壮な気分に満たされ、歌と文のうまく融合した作品であるが、近世文学の世界で最もすぐれたものの一である。


 歌集に「笹廼屋之百首」等がある。

その他、歌は頗る多く、純粋な尊皇家ならでは詠めぬ逸品に富み、近世三百年の歌壇の最高位に立つものである。

歌風は大体、鈴の屋風であるが万葉風の上代的な詠歌も多い。


(ある本からの引用、自分の文章でない。)

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2009/08/18

山田方谷   誠に生きた幕末の巨人  その1

 長い間、その名を知るのみで、いかなる人物か知らなかった山田方谷について学ぶ機会を得た。

 幕末維新の動乱期を、73年の生涯を駆け抜けた偉人だということが分かった。

 文化2年(1805年)に生まれ、明治10年(1877年)に没した。

 陽明学の系譜にある方としては、珍しいといっては何だが、非業の最期を遂げたわけではない。

 しかし、藩主・板倉勝静公が幕閣となり、老中に任じられ、藩主の顧問として幕政に参画したことにより、鳥羽伏見の戦い以後の戊辰戦争では、幕府方として、備中松山城を、征討軍に開城する憂き目に逢うが、無事になし終えた。また、藩主勝静公を救い出すことにも成功するのである。

 備中松山藩は有名な貧乏藩で、10万両(今でいえば約650億円)の借金を抱え、利子の返済もままならない状況にあった。

 その立て直しを7年で行い、逆に10万両の余剰金を生み出した山田方谷の手腕は全国に鳴り響き、このとき、越後の河井継之助が、藩政改革を学ぶために訪れている。

 
 この財政再建の方策は、今こそ政治家たちがこぞって学ばなければならないと思うのだが、いかがなものだろうか。

 具体的なポイントとしては以下の6つとなる。

 1、人心を正す

 2、風俗を敦くする

 3、役人の汚職をなくす

 4、人民が倒れ死ぬ原因を調査する

 5、文教を振興する

 6、軍備を拡張する

 今の日本政府に、このうちの一つでも成し遂げることができるだろうか。


 今回学ぶ中で、「至誠惻怛」(しせいそくだつ)という言葉が心に残った。

 「誠を尽くして人を思いやる心」、という意味だそうだ。

 
 

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2008/03/29

久坂玄瑞の歌 その六

   ことにふれてよめる歌ども
かくまでに青人草をすべらぎのおぼす御心かしこきろかも

いくそ度くりかへしつつわが君のみ言し読めば涙こぼるる

梅の花手折りかざしてはるけばや胸あきがたき賎が心を

うつせみの浮世のうきをはるけんと春の野に出て花を見るかな

天地もともに久しくいひつがむあやに畏き君が御言を

たつの馬をわれ得てしがも九重のみやこの春を行きて見んため

うき事をつぶらつぶらにおもほえば君のみあがり悲しきろかも

春さればいや待ちがてに思ふなり都の春の花のさかりを

うぐひすの聲せぬ谷の梅の花あはれ山中にひとりかをれる

ちはやぶる神の御劍ふりおこし醜のえみしをきりしまの山

あなうれしかずまへられぬ賤が身も数まへらるる時し来れり

あけくれに忘れがたみのことあれば過ぎにし人になに背くべき

よしやさはかねて待ち来し時ぞいま君の為にと身をも捨ててむ

ふるさとの花をば見ずてはるかなる旅にさまよふ此旅人あはれ

君が為こぎいづる船ぞ富海潟あらき波風いまたつなゆめ

もののふの臣の男はかかる世に何床の上に老ひはてぬべき

周防なる富海の浦ゆ朝びらき榜ぎ出づる船の勇ましきかな

玉藻かる富海ゆ大船に眞檝しじぬき都にのぼる

あなたなる峯の白雲夕ぐれに見ればかなしも世の事思ふに

とりはける太刀の光はもののふの常に見れどもいやめづらしき

言葉にも筆にもえこそ盡さねどいま知られけり君がまごころ

神垣の齋垣の梅は散りぬとも櫻かざしてわれ出立たむ

今ははや都の春も時ならむ我家の櫻花さきにけり

百敷の大宮人よ今はこのさくらの色を何と見るらむ

山ざくら今盛なりいざや子等かざして遊べ今さかりなり

道もせの茨からたち拂ひ櫻かざしてたぬしくをへむ

時なればせんすべもなしもののふのあはれ吾君もおもちちもおきて

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同じ題のものなので一気に27首紹介いたしました。

万葉集に学びながら、幕末の息吹を感じさせてくれる玄瑞の激しい歌はここでも猛っています。
若い生命を真っ赤に燃焼させて、幕末動乱の真っ只中を駆け抜けていった久坂玄瑞の姿を思うと、本当に胸を打たれます。

師、松陰が残した言葉の通り、「忠義とは鬼のいぬまに茶をするやうなもの」ではなく、自らが起爆剤となって起していった玄瑞の変革のエネルギーの凄まじさが思はれます。

高杉晋作の

遅れても遅れてもまた君たちに誓ひしことを吾忘れめや

の歌を思ふとき、幽明を隔てて尚通い合った同志の絆の深さを思はされます。

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