2012/03/04

「教育勅語の真実」を読了

東日本大震災で示された日本人の美質。

日ごろ当り前に思つてゐた事が、世界に賞賛される「日本人らしさ」だつたのです。

それを見事に表現したものが「教育勅語」でした。

戦争に負けてから学校現場やマスコミなどで否定・罵倒され続けてきた「教育勅語」。しかし、その「真実」の姿に、思ひ致すべき時を迎へてゐるのではないでせうか。

なぜなら、時空を超へて伝へられて来た、私たち日本人の「自画像」がそこに明確に述べられてゐるからです。

時代を超へて、私たちが私たち自身に出会ふ事が出来る。それが「教育勅語」との出会ひなのです。


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2010/12/05

「言語は君子の枢機なり」   北畠親房  「神皇正統記」より

神皇正統記(北畠親房卿)

「言語は君子の枢機なり」といへり。

乱臣賊子といふものは、そのはじめ心ことばをつつしまざるよりいでくるなり。

世の中のおとろふると申は、日月の光のかはるにもあらず、草木の色のあらたまるにもあらじ。

人の心のあしくなり行を末世とはいへるにや。

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この言葉に出会つた時の衝撃は忘れ難ひものがある。

そして、これは南北朝の内乱の由つて来る所以がどこにあつたかを明確に示した言葉として受け止めることが出来やう。

今、殺伐としたニュースがあまりにも日常化してしまつた。

いじめ、自殺、虐待、親の子殺し、子の親殺し、行きずりの殺人、暴行などなど

枚挙にいとまがないほどである。

これらはみな、悪い言葉から来てゐると見てよい。

どれだけ悪い言葉がみちみちてゐるか。


良い言葉を使えば、良い事が起こり、悪い言葉を使へば、悪い事が起こる。

これは、昔ながらの日本人からすれば、常識の問題であつたらう。

言葉を慎む。それは常識人の嗜みでもあつた。


言霊は生きてゐるのである。迷信だなどと笑ふことは出来ない。


良い言葉を使つて、良い日本にしていこう。そうでなければ、ご先祖様に申し訳ないではないか。


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2009/09/10

〈上杉謙信公家訓十六ヶ条〉

一、心に物なき時は心広く体泰なり

一、心に我儘なき時は愛敬失わず

一、心に欲なき時は義理を行う

一、心に私なき時は疑うことなし

一、心に驕りなき時は人を教う

一、心に誤りなき時は人を畏れず

一、心に邪見なき時は人を育つる

一、心に貪りなき時は人に諂うことなし

一、心に怒りなき時は言葉和らかなり

一、心に堪忍ある時は事を調う

一、心に曇りなき時は心静かなり

一、心に勇みある時は悔やむことなし

一、心賤しからざる時は願い好まず

一、心に孝行ある時は忠節厚し

一、心に自慢なき時は人の善を知り

一、心に迷いなき時は人を咎めず


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戦国武将というものは、何という実践に裏打ちされた
教養の持ち主であったのかと思い知らされる文書だ。

現代の野蛮な時代には、こうした先人の遺訓こそ、
修養の糧にしなければならない。
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