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2020/11/15

火野葦平 「神雷特別攻撃隊賦」

神雷特別攻撃隊賦

         火野葦平

水ぬるみ、

菜(な)種は黄に、

麦やや青きころ、

虹の門をひらきて、

神雷特別攻撃隊出撃す。

穹(そら)をさく光芒火箭となって、

敵艦のふところに炸裂すれば、

一瞬、

銀の水柱天心をつき、

海洋は敵に墓場となり、

海洋はわれに花園となる。

げに神の雷(いかづち)はすさまじくも美し。

 

私は忘れることができない。

特攻隊基地に雲雀が鳴いてゐた。

若々しく端正の面立、

すみきった無垢のまなざし、

あどけなく綻(ほころ)びるくれなゐの唇、

腕と額とに鏤(チリバ)められた日の丸、

夜光時計をささへる鮮やかな朱の紐、

名の記された飴(あめ)色の半靴(くつ)と、

兜に似た飛行帽と、

目釘(めくぎ)青くしめった太刀の落しざし、

そはまことその昔の日の、

緋縅(ヒオドシ)の鎧(よろい)凛々しい若武者の出陣の姿。

しかもこれら紅顔の若人たちは、

ひとたび出撃してゆけば、

たれ一人還って来なかった。

 

汚濁にみちた地球のうへ、

ひとり燦然(サンゼン)たる日本民族、

その血脈の凝りてふきいでたるもの、

神々の伝承を瞬間に顕現し、

生もなく死もなく、

誇りと愛と怒りとをこめ、

奔放潑剌に散りて咲く兵隊の花、

剣に篝火(かがりび)の赤きを映し、

一献の土器に寡黙(かもく)の別離をこめて

歴史の海原へただ殺到してゆくもの、

科学を超ゆる魂の飛翔、

青春こそ国を護るものと、

その生命をもって示しつつ、

天の舞楽となって、紺碧の太平洋に、

莞爾(かんじ)たる勝鬨(かちどき)の声をあげるもの。

ああ神雷特別攻撃隊。

 

ふっくらと柔らかく暖(あたたか)き機腹に、

そっと抱かれ、

その身爆弾でありながら、

珠照に宝石のごとく光り

親飛行機の愛撫を忘れかねる。

凛冽の闘魂をもって

突入の寸前まで熟睡し、

戦友の遺骨を胸にいだいて

嗤ふべき目標に会心の笑みをうかべ

噴射推進の魔法に乗って

壮麗の攻撃を開始する。

碧眼獣心の夷(ゑびす)ども呆然たるなかに

神の雷(いかづち)落下して

海洋は轟然たる花園となり、

かくて鉄屑はさらに海底に堆積された。

 

強きものも

悲しきものも

美しきものも一となりし、

虹の門はわれらの前に立ってゐる。

沖縄戦場に壮絶の血闘をつづけられ

本土新戦場となって

いまわれら硝煙の巷(ちまた)に立つ日。

瞼と心に灼きつくものに追随しよう。

特攻隊は国民を叱咤しない。

大らかな青春の愛情をこめて

静かにわれらのゆく最後の道を示してゐる。

沈着と怒りと誇りとをもって

なほも、日夜、

滅敵(めってき)の道をゆく火箭(ひや)の神々

ああ神雷特別攻撃隊。

   (昭和20・6・8・朝日新聞 所載)

 

(メモ) コピーが手元にあり、処分し難く残しあるも、紛失することもあらんかと恐れ、ここに転記して留む。

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