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2008/03/29

久坂玄瑞の歌 その六

   ことにふれてよめる歌ども
かくまでに青人草をすべらぎのおぼす御心かしこきろかも

いくそ度くりかへしつつわが君のみ言し読めば涙こぼるる

梅の花手折りかざしてはるけばや胸あきがたき賎が心を

うつせみの浮世のうきをはるけんと春の野に出て花を見るかな

天地もともに久しくいひつがむあやに畏き君が御言を

たつの馬をわれ得てしがも九重のみやこの春を行きて見んため

うき事をつぶらつぶらにおもほえば君のみあがり悲しきろかも

春さればいや待ちがてに思ふなり都の春の花のさかりを

うぐひすの聲せぬ谷の梅の花あはれ山中にひとりかをれる

ちはやぶる神の御劍ふりおこし醜のえみしをきりしまの山

あなうれしかずまへられぬ賤が身も数まへらるる時し来れり

あけくれに忘れがたみのことあれば過ぎにし人になに背くべき

よしやさはかねて待ち来し時ぞいま君の為にと身をも捨ててむ

ふるさとの花をば見ずてはるかなる旅にさまよふ此旅人あはれ

君が為こぎいづる船ぞ富海潟あらき波風いまたつなゆめ

もののふの臣の男はかかる世に何床の上に老ひはてぬべき

周防なる富海の浦ゆ朝びらき榜ぎ出づる船の勇ましきかな

玉藻かる富海ゆ大船に眞檝しじぬき都にのぼる

あなたなる峯の白雲夕ぐれに見ればかなしも世の事思ふに

とりはける太刀の光はもののふの常に見れどもいやめづらしき

言葉にも筆にもえこそ盡さねどいま知られけり君がまごころ

神垣の齋垣の梅は散りぬとも櫻かざしてわれ出立たむ

今ははや都の春も時ならむ我家の櫻花さきにけり

百敷の大宮人よ今はこのさくらの色を何と見るらむ

山ざくら今盛なりいざや子等かざして遊べ今さかりなり

道もせの茨からたち拂ひ櫻かざしてたぬしくをへむ

時なればせんすべもなしもののふのあはれ吾君もおもちちもおきて

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同じ題のものなので一気に27首紹介いたしました。

万葉集に学びながら、幕末の息吹を感じさせてくれる玄瑞の激しい歌はここでも猛っています。
若い生命を真っ赤に燃焼させて、幕末動乱の真っ只中を駆け抜けていった久坂玄瑞の姿を思うと、本当に胸を打たれます。

師、松陰が残した言葉の通り、「忠義とは鬼のいぬまに茶をするやうなもの」ではなく、自らが起爆剤となって起していった玄瑞の変革のエネルギーの凄まじさが思はれます。

高杉晋作の

遅れても遅れてもまた君たちに誓ひしことを吾忘れめや

の歌を思ふとき、幽明を隔てて尚通い合った同志の絆の深さを思はされます。

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