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2006/04/15

残櫻記(22)

                             当時那智わたりに、心よせ奉れるものの在けるによりて、殊さらに此神に御立願ありて、かつは御方人の心をも励ましめ給へるなるべし、前に文安元年義有王牟婁の北山に坐して御企ありける事を、熊野本宮の者どもより、武家へ注進したりけるに、新宮那智のともがらは、其事無かりつるをもて疑ひたる事、上に記せるがごとし、おもひ合すべし、また上に挙たる色河氏の藏傳たる尊秀王の令書のほかに、色河兵衛尉盛氏、一族相催し紀州に発向し、軍忠致す可く候也、天気如此委之、十二月廿四日、左中将(花押)」、とある文書をも持りとぞ、これもかの乙亥年に、再下されたる令書ならむかともおもはるれど、そのかみ南方宮方に、官かけたる人々はきこえざれば、此は正しき前皇の御時のなるべし、又其ほかに建武延元興国の年の文書あり、其寫をよみ見るに、色河の一族等はやくより、南朝に忠心に仕奉りたりし趣にきこえたるが、御合體の後も、なほその宮方に心よせ奉りたりとぞきこえたる、

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