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2005/05/01

大亜細亜悲願之碑について

大亜細亜悲願之碑

「激動し変轉する歴史の流れの中に
 道一筋につらなる 幾多の人達が
 万斛の思を抱いて 死んでいつた
 しかし
 大地深く打ち込まれた
 悲願は消えない

 抑圧されたアジアの
 解放のため
 その厳粛なる誓いにいのちを捧げた
 魂の上に幸あれ
 ああ真理よ
 あなたは我が心の中に在る
 その啓示に従つて
 我は進む」
1952年11月5日
ラダビノード・パール

※広島 本照寺内

 「ベンガル語の慰霊詩文は 東京軍事裁判でただ一人真理と国際法に基づき日本の無罪を主張し原爆投下の非人道性を指摘したインド代表判事パール博士が 昭和二十七年の秋来広の際 斯の碑建立の趣旨に共感し半日瞑想推敲して揮毫されたものである 亜細亜の民族運動と戦禍にたおれた満蒙華印等動乱大陸の多くの人々の面影を偲び浄石にその名を記し石窟内に奉安 有志恒友相倚り碑を建立した慰霊の式典をかさねること三十三回 昭和四十三年五月 恒友協力浄域を整え再建す 日文源田松三筆 英訳エ・エム・ナイル 碑銘大亜細亜は宮島詠士先生遺墨に依る」

 「大亜細亜悲願之碑」について

「抑圧されたアジアの解放のため その厳粛なる誓にいのち捧げた魂の上に幸あれ ああ真理よ あなたは我が心の中に在る その啓示に従つて我は進む」―大亜細亜悲願之碑に寄せられた、このパール博士の詩文は、広島の原爆中心地に建つてゐる原爆記念碑の「安らかに眠つて下さい 過ちは繰り返しませぬから」といふ碑文に対する、心からの反証でもあつたと思ふ。このことは、以下に引用する保田與重郎先生の一文により、一層明らかになるであらう。
「(前略)アジアの回復といふ聖なる目的のため戦つた心は、今も天地に恥じない。戦争に突入しないためには、日本は実質的にアジアの国々を、西洋に売り渡さなければならなかった。(中略)米英ソの三国が日本人の頭上に投じた原爆も、彼らが植民地の住民に見せつけるために行つた戦争裁判という惨虐な日本人殺害も、アジア人の独立を阻止し得なかつた。彼らがアジア人の頭上に試みた原爆の残忍な殺戮を、アジアの独立精神、人道の正義感は少しも恐れなかつたのだ。(後略)」〔明治維新とアジアの革命『新論』(新論社)昭和三十年七月・創刊号〕


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 この本文は、すべて「大東亜戦争殉難遺詠集」から採りました。

同書敢行会が、大東亜戦争殉難者の遺詠を編むに当たり、採った写真8枚の内2枚までがこの碑に宛てられています。

 その理由は、上記の解説によって明らかですが、大東亜戦争が、やはりアジア解放という側面を色濃く持っていたこと、大東亜戦争で無くなった将兵二百万の英霊を慰めるためには、戦いの意義について、確認する必要があった、ということなのだろうと思われました。

 昭和五十一年、終戦から三十年という節目の年に敢行されたこの書は、大東亜戦争を戦った国民が、三十年という内省の期間を経て辿り着いた一つの結論であるとも言えるかもしれません。

 保田與重郎氏が序文を寄せられています。

 「この本は、声高にわめき叫んで世にひろめる本でなく、しづかに黙して人に手渡すべき本である。人がこれを手にうけて読み始め、感動に心うたれ、止む時のない本である。醇乎とした誠心が、絶対境で歌はれてゐるからである。文芸の巧拙の技は一時の流行のものにて、誠心絶対境の詩文は、永遠不易であるとの理を示すものである。戦後三十年、その間に於て、この集こそ、わが国の歴史を通じて最も尊い詩歌の本にて、また最もかなしいわが文学の書である。その日多くの若い兵士は、かくまでに烈しい志と、美しい心を歌ひあげてゐるのである。
 その若者の心をかなしむわが国人の心は、永劫にこの国をかなしむ心である。彼らと相擁して、何を語るべきか、何をなすべきかと、我を忘れ、世界を忘れ、生死と時間を失ふ、この心が我が遠御祖の丈夫ぶりと称え来った、かぐはしき明き心だったことを、泪を垂れて人は悟ることである。ここに於て悠久の大義は、明らかに光輝まばゆい実体である。
 大東亜戦争を戦ったわが若者たちは、勇敢な気性と、温健な教養をかねてゐたばかりか、繊細優美な感性に特にすぐれてゐたのである。この大東亜戦争殉難烈士遺詠集は、その事を教へ、教へられた者の心は千々に砕けるのである。」

 終戦から60年。30年前に行われたこの事業を顧みることは、何か意義のあることではなかろうか、そう思い、これから、順次、8月15日の終戦記念日に向けて、「大東亜戦争殉難烈士遺詠集」を中心に、当時の若い将兵の心を偲んで行きたいと思います。

 そのはじめに当たって、広島の大亜細亜悲願之碑の精神を、改めて世に広めたいものと、痛感した次第です。

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