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2005/05/19

「大東亜戦争殉難遺詠集」 桜花集―戦没者遺詠集― (19)

片寄 従道

 昭和二十年四月二十八日、神風特別攻撃隊第二正統隊として沖縄海域にて特攻戦死。享年十七歳。海軍一等飛行兵曹。海軍甲種飛行予科練習生第十一期。(福島県)

なすことのなくてすぎきしこの体今こそ散らん特攻の華

君のため散りてかひあるこの身なれ敵の空母を道づれにして

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コメント

貴重なコメントをありがとうございます。

終戦30周年の頃、昭和50年を期してまとめられた遺歌集を紹介させて頂いています。

今、たまたま手元に元の本がありませんので、また探して確認してみますが、一度自費出版に近い形でまとめられたものが、反響が大きく、改めて出版されたということでした。両方とも入手出来ましたが、比較考量してというような作業も出来ておりませず、何とか、少しでもこの方々の思いを後世に伝えるお手伝いが出来ればと願いつつアップさせて頂きましたが、途中で止まったままになってしまっております。


2つ目の歌が、付け加えられた背景について、もう30年以上も前のことになりますから調べようもありませんが、原本に当たって改めてこのコメント欄でご報告させて頂きます。

投稿: 橘正史 | 2010/03/12 午後 09時26分

初めまして。
【片寄 従道】本人の妹の娘です。
【なすことのなくてすぎきしこの体今こそ散らん特攻の華
君のため散りてかひあるこの身なれ敵の空母を道づれにして】とあります、辞世の句について、事実とは異なる事があり、ここにコメントをさせて頂こうと思います。

実際には、
【なすことのなくて過ぎきしこの体
       今こそ散らん特攻の華】
のみでありました。
戦後、経過した年月は定かではありませんが、ある日
『戦没者の遺品を提供してくれないか』と生家を訪ね歩いている
オオミ様という方がいらして
家が提供したのが、直筆の句でした。

それから、【我れ、特攻に死す】という本が出版されたと情報が入り、購入したところ
【君のため散りてかひあるこの身なれ敵の空母を道づれにして】という文が付け加えられていたそうです。

実際に私も、母の実家に行き確認を致しましたが、やはり華まででした。
『何故、華までで、十分想いが伝わるのに、付け加えたのだ。。』と遺憾に思います。

他の方の辞世の句も同様に付け加えられているのかもしれませんね。

投稿: | 2010/03/12 午後 07時58分

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