2015/11/28

新葉和歌集 巻第一  春 歌 上   (その3)

   入道前關白の家にて題を探りて百首の歌よみ侍りけ
   るとき、歸雁を                             右 大 臣

足引の山こえくれて行く雁は霞のすゑに宿やとふらむ

   おなじこころを                             嘉喜門院

いきうしと思はぬ旅の空なれや人やりならぬ春の雁がね

                                         中務卿宗良親王

歸る雁なにいそぐらむ思出もなきふる里の山と知らずや

   五百番の歌合に                           御   製

春はまだわがすむ方に歸るなり蘆屋のあまの衣かりがね

   春の歌の中に                             前中納言爲忠

湊いりの葦の朽葉の霜の上にむれゐし雁も立歸るなり

                                         妙光寺内大臣

霞立つ夕の空のうすずみに末はかきけつ雁のたまづさ

   日前宮によみて奉りける五十首の中に             冷泉入道前右大臣

はては又聲もかすかになりにけり空にきえゆく雁の一つら

   中務卿宗良親王、人々にすすめてよませ侍りし住吉
   の社の三百六十番の歌合に、春動物              前大納言顯經

さすが又花に越路や忘るらむ歸りもやらぬ春の雁がね

   百首の歌よみ侍りける中に                    前大納言光任

雪げこそ猶のこるらめ吉野山花まちどほにかかる白雲

   花の百首の歌よみ侍りける中に                 民部卿光資

春といへばやがて待たるる心こそこぞみし花の名殘なりけれ

   待花といふ心をよませ給うける                  中   宮

惜しきかな徒にのみながめして花まつ程に移る日數は

   春の歌の中に                            遍照光院入道前太政大臣

待つ程の心づくしや山櫻花にものおもふはじめなるらむ

                                        前内大臣隆

咲きやらぬ日數ながらもこの頃はまつまに慰む山櫻かな

   日前宮によみて奉りける五十首の歌の中に         冷泉入道前右大臣

さかぬよりまづ面影を先だてて待つ日かさなる山櫻かな

   題しらず                               從二位儀子

年をへて待つは苦しき山櫻こころ盡さぬ春にあはばや

                                        貞子内親王

まち侘ぶる心は花になりぬれど梢におそき山ざくらかな

                                        前大納言季繼

咲きやらぬ花を待乳の山の端に雲だにかかれ紛へても見む

                                        上野太守守永親王

咲きそむる早やまがふと白雲に心をかけぬ山のはもなし

                                        後村上院御製

等閑にまつ身也せば嶺の雲かかるを花とみてややみなむ
                                        二品法親王深勝

葛城やよそに待たるる花の色のそながらあらぬ嶺の白雲

   正平廿年内裏の三百六十首の歌に題を賜はりてよみ
   て奉りけるに、尋花といふことを                 從三位國量

咲きぬべき枝を栞に今日はして明日の外山の花や尋ねむ

   後村上院吉野の行宮におましましける頃よみ侍りけ
   る歌の中に                              祥子内親王

名にしおふ花の便にことよせて尋ねやせましみよしのの山

   五百番の歌合に                           前内大臣顯

つらからむ後をばしらず尋ねゆく花のしるべに風をまつかな

   花の歌の中に                            福恩寺前關白内大臣

おしなべてまださかぬまは尋ねてもみらくすくなき山櫻哉

   海邊花といふ事を                          妙光寺内大臣

櫻花さきにけらしな濱松のおよばぬ枝にかかるしら浪

新葉和歌集 巻第一終

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新葉和歌集 巻第一  春 歌 上   (その2)

立ち渡る霞のしたの白雪は山の端ながらそらにきえつつ

   山霞といふことを                           右近大将長親

春きても川風さむしみかの原たつや霞のころもかせやま

   日前の宮によみてたてまつりける五十首の歌の中に     冷泉入道前右大臣

春くれば霞をかけてかつらぎや山の尾上ぞ遠ざかり行く

   題しらず                                 入道前右大臣

又上もあらじと見えし富士のねの霞の底にいつ成りにけむ

   浦霞を                                  中   宮

さほ姫の袖師の朝霞たちかさねても見ゆる春かな

   文中四年、内裏にて人々題を探りて五十番の歌合し
   はべりける時、海邊霞といふ事を                  關白左大臣

難波女がこやの芦火の夕煙なほたてそへてかすむ春かな

   天授元年、内裏にて人々五百番の歌合しはべりける
   とき                                    春宮大夫師兼

清見灣かすみや深くなりぬらむ遠ざかり行く三保の浦松

   正平廿年、内裏にて人々題を探りて七百首の歌よみ
   侍りける中に、野霞といふ事を                    前大納言光有

草の原みどりをこめて武蔵野や限りもしらず霞む春かな

   夜梅といふ事を                             新宜陽門院

木のもとはそことも見えて春の夜の霞める月に梅が香ぞする

   梅薫風といふ事をよませ給うける                  後村上院御製

匂ふなり木のもとしらぬ梅が香の便りとなれる春の夕風

   題しらず                                  後醍醐天皇御製

梅の花よその垣根の匂ひをも木の下風の便りにぞしる

   文中四年、内裏の五十番の歌合に、簷梅薫風といふ
   事を                                     式部卿惟成親王

こぬ人もさそふばかりに匂ひけり軒端の梅の花の下風

   題しらず                                  讀人しらず

吹く風の便り計りの梅が香をうはの空にや尋ねゆくべき

   五百番の歌合に                             前大納言實為

匂ひくる風をしるべに尋ねばや梅さく宿の花のあるじを

   春の歌の中に                               最惠法親王

吹きやめばよそに軒端の梅が香をしばし袂にやどす春風

   今上いまだみこにおましましける時、家に侍りける梅
   の花を折りて奉るとて                          福恩寺前關白内大臣

いと早も分きて手折らば春の宮に木高く匂へ宿の梅が枝

   御返し                                    御   製

春の宮に木高く匂ふ花ならば分きてや見まし宿の梅が枝

   千首の歌たてまつりし中に                       中務卿宗良親王

かざせども老は隠さで梅の花いとど頭のゆきと見えつつ

   春宮にて人々題を探りて百五十首の歌合し侍りける
   時、梅散後客といふ事を                        關白左大臣

さらに又嵐ぞつらき梅が枝の花ゆゑまちし人にとはれて

   正平十六年、内裏にて人々題をさぐりて百首の歌よ
   み侍りける時、柳を                           權大納言公夏

青柳のみどりうつろふ川の瀬に靡く玉藻も數やそふらむ

   題しらず                                  妙光寺内大臣

春かぜにけづりもやらぬ神南備の三室の岸の青柳の糸

   正平八年、内裏の千首の歌の中に、春駒を            中院入道一品

野べ遠み春の心ぞつながれぬうかべる雲の跡を見るにも

   同じ廿年、内裏にて人々題をさぐりて三百六十首の
   歌よみ侍りけるとき、遊絲を                      右兵衛督成直

ありとだに今こそ見ゆれ春の日の光にあたる野べの糸ゆふ

   千首の歌めされしついでに、春海を                 御   製

里の蜑(あま)の袖の浦かぜ長閑にていさりにくだす春の夕なぎ

   關白左大臣、右大臣に侍りけり時、家に三百番の
   歌合しけるに、庵春雨を                        前中納言實秀

山の端は霞へだててつれづれのながめにくるる草の庵哉

   千首の歌たてまつりしとき、山春月を                權中納言經高

いかばかり山のあなたも霞むらむ曇りて出づる春の夜の月

   春の御歌の中に                            後醍醐天皇御製

いかにして霞のひまの月を見むさてだに曇る習なりやと

                                          中   宮

うば玉の夜のみかすむ習ならば月にうらみや春は殘らむ

   正平廿年、内裏の三百六十首の歌の中に、禁中
   春月                                    前左近大将公冬

百敷や衛士のたく火の煙さへ霞みそへたる春の夜の月

   五百番歌合に                              前内大臣顯

鹽竈の煙になるる浦人はかすむもしらで月や見るらむ

   越の國にすみ侍りし頃、羇中の歌よみて都なる人
   のもとへつかはし侍りし中に                     中務卿宗良親王

やどからに霞むとのみや歎かれむ都の春の月見ざりせば

   百首の歌の中に                            冷泉入道前右大臣

さても身の春や昔に變るらむありしにもあらず霞む月哉

   題しらず                                 中院入道一品

いかにせむさらでも霞む月影の老の涙のそでにくもらば

                                          幸子内親王

わが袖にわきてや月の霞むらむ問はばやよその春の習を

                                          權中納言實興

さのみやは霞みはつべき春の月昔思はぬ袖にやどらば


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新葉和歌集 巻第一  春 歌 上   (その1)

   たつ春の心をよませ給うける           後村上院御製

出づる日に春の光はあらはれて年立ちかへる天の香具山

   千首の歌よみはべりし中に立春關を     中務卿宗良親王

關守のうちぬるひまにとしこえて春はきにけり逢坂の山

   うへのをのこども題を探りて百首歌つかうまつりける
   ついでに立春といふことをよませ給うける    御   製

風渡る池の氷もとけそめてうちいづる浪に春やたつらむ

   百首の歌よみはべりける中に      冷泉入道前右大臣

九重の都に春やたちぬらむあまつ雲居のけさはかすめる

   建武二年、内裏にて人々題を探りて千首の歌よみは
   べりける中に、春天象を           中務卿宗良親王

花鳥の色にもねにもさき立ちて時しるものは霞なりけり

   右大臣に侍りけるとき、家に三百番の歌合し侍りけ
   るに、渓餘寒といへる心を            關白左大臣

さえかへり又こそ谷に氷りぬれたかねに解くる雪の下水

   題しらず                       前中納言爲忠

つれもなき梢の雪も消えそめて雫ににごる松の下水

   松下残雪といふことをよみはべりける     春宮大夫師兼

風さむみ何をか春といはしろや雪だに解けぬ松の下蔭

   百首の歌よませ給うけるに、春雪を      後村上院御製

かつきえて庭には跡もなかりけり空にみだるる春の泡雪
   春の歌の中に                    妙光寺内大臣

岩根には積ると見れど瀧つせに落ては水の泡雪ぞふる

                             冷泉入道前右大臣

いとはやも谷の古巣を出でそめて人に待たれぬ鶯のこゑ

   正中八年、内裏にて人々題を探りて千首の歌をよみ
   侍りけるとき、初鶯を           福恩寺前關白内大臣

なれもまづ谷の戸いでて君が代にあへるを時と鶯ぞなく

   春の歌の中に                    讀人しらず

春くれば花にうつろふ鶯のこころの色ぞねにはしらるる

   竹鶯といへる心を                  後村上院御製

おのづから長き日影もくれ竹のねぐらにうつる鶯のこゑ

   題しらず                       中務卿宗良親王

鶯の飛ぶ火の野べの初聲にたれさそはれて若菜つむらむ

   正中廿年、内裏にて人々年中行事を題にて三百六十
   首の歌をよみ侍りけるとき、獻二若菜一といふ事をよ
   み侍りける                       前内大臣隆

千世までの春をつみてや君がため今日奉る若菜なるらむ

   百首の歌よませ給うける中に          後村上院御製

此里は山澤ゑぐを摘そめて野べの雪まも待たぬなりけり

   題しらず                      後醍醐天皇御製

春日山をのへの雪も消えにけり麓の野べの若菜つまなむ

                               大宰帥泰成親王

消初むる雪間を分けて生出づる野べの若菜も今や摘むらし

                               前大納言宗房

都人いとまありてや今日も又鳥羽田の面に若菜つむらむ

                               入道前右大臣

暮るる迄若菜は摘まじ高島やかち野の原は宿もあらじを

                               讀人しらず

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新葉和歌集  序

天地開け始めしより、葦原の代々に變らず、世を治め民を撫で、志をいひ心を慰むる媒として、我が國に在りとしある人、善くもてあそび盛にひろまれるは唯此の歌の道ならし。これによりてならの葉の名におふ帝の御時より、正中の畏かりしおほん世に至るまで、撰び集めらるる跡、十あまり七たびになむなれりける。其の間家々に集めおけるたぐひ、亦其の数を知らざるべし。しかあるを元弘のはじめ、秋津島のうち浪音しづかならず、春日野のほとりとぶ火のかげしばしば見えしかど、程なく亂れたるを治めて正しきにかへされし後は、雲の上の政、更に舊き跡に歸り、天下の民、重ねて普ねき御惠を樂しみて、悪しきを平げ反く討つ道まで、一つに統べ行はれしかど、一たびは治まり一たびは亂るる世の理なればにや、遂に又昔唐土に江を渡りけむ世の例にさへなりたれど、千早振神代より國を傳ふるしるしとなれる三くさの寶をも承け傳へましまし、大和唐土につけて諸の道をも興し行はせ給ふおほん政なりければ、伊勢の海の玉も光り異に、浅香山の言の葉も色深きなむ多く積りにたれど、徒らに集め撰ばるる事も無かりけるぞ縫物を着てよる行くたぐひになむありける。ここに呉竹のその人数に列りても、三代の御門に仕へ、和歌の浦の道に携ひては、七十ぢのしほにも満ちぬるうへ、かつことを千さとのほかに定めし昔は野べの草事繁きにもまぎれき。心を三つの衣の色に染めぬる今はあしまの舟の障るべき節もなければ、且は老の心をも慰め且は末の世までも残さむため、かみ元弘の始めより、しも弘和の今に至るまで、世は三つぎ年は五十とせの間かりの宮に随ひ仕うまつりて、折りにふれ時につけつついひあらはせる言の葉どもを、玉の臺金の殿より瓦の窓繩の戸ぼそのうちに至るまで、人をもちてことを棄てず、撰び定むるところを千うた四百あまり二十まき、名づけて新葉和歌集といへり。花を尋ね郭公を待ち月を眺め雪を玩ぶよりはじめて、花の都に別を惜み草の枕に古里を戀ひ、五十鈴川石清水の流を汲みては光を和らげて塵に交はる誓をたふとび、鶴の林鹿の苑の跡を尋ねては迷を除きて悟りを開くむねを希ふ。あるは片糸のあひ見ぬ戀に思ひ亂れ、あるは呉竹のうき節繁き世を歎きても恨を喞ち思ひを述べ、閻浮のさかひの常ならぬ理を悲み、又百敷の内にしては雨露の惠を施し八洲のほかまでも浪風の音静にして、席田の鶴の齢に争ひ住吉の松の千年を保たせ給ふべきすべらぎのおほん光を祝ひたてまつるに至るまで、心うちに動き言葉ほかにあらはれて、六くさの姿に適ひ、一ふしのとるべきあるをばこれを捨つることなしといへども、四方の海の波のさわぎもこよろぎの五十とせに及べれば、家々の言の葉かぜに散り浦々の藻鹽草かきもらせるたぐひもまたなきにあらざるべし。そもそもかく撰び集むることもただ苑のうちの僅かなることわざなれば、天の下ひろきもてあそびものとならむことは思ひよるべきにあらぬを、はからざるに今勅撰になずらふべきよしのみことのりをかうぶりて老の幸のぞみに超え、喜の涙袂に餘れり。これによりてところどころ改めなほして弘和元年十二月三日之を奏す。おほよそこの道にたづさはらむ一はいよいよ難波津の深き心を悟り、この時にあへらむ輩は普く敷島の道ある御代にほこりて春の花のさかゆる樂みを四つの時にきはめ、秋の夜の長き名をよろづの年にとどめつつ、露征き霜來りて濱千鳥の跡絶ゆることなく、天長く地久しくして神代の風遥かに仰がざらめかも。

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2015/03/29

「大東亜戦争殉難遺詠集」 より (40) 桜花集 【群馬県】

熊井 常郎

 昭和20年4月28日、南西諸島方面にて特攻戦死。
 海軍大尉。慶応義塾大学出身。

新しき光に生きんをさな子の幸を祈りて我は散らなむ

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