2009/09/10

〈上杉謙信公家訓十六ヶ条〉

一、心に物なき時は心広く体泰なり

一、心に我儘なき時は愛敬失わず

一、心に欲なき時は義理を行う

一、心に私なき時は疑うことなし

一、心に驕りなき時は人を教う

一、心に誤りなき時は人を畏れず

一、心に邪見なき時は人を育つる

一、心に貪りなき時は人に諂うことなし

一、心に怒りなき時は言葉和らかなり

一、心に堪忍ある時は事を調う

一、心に曇りなき時は心静かなり

一、心に勇みある時は悔やむことなし

一、心賤しからざる時は願い好まず

一、心に孝行ある時は忠節厚し

一、心に自慢なき時は人の善を知り

一、心に迷いなき時は人を咎めず


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戦国武将というものは、何という実践に裏打ちされた
教養の持ち主であったのかと思い知らされる文書だ。

現代の野蛮な時代には、こうした先人の遺訓こそ、
修養の糧にしなければならない。
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2009/08/18

山田方谷   誠に生きた幕末の巨人  その1

 長い間、その名を知るのみで、いかなる人物か知らなかった山田方谷について学ぶ機会を得た。

 幕末維新の動乱期を、73年の生涯を駆け抜けた偉人だということが分かった。

 文化2年(1805年)に生まれ、明治10年(1877年)に没した。

 陽明学の系譜にある方としては、珍しいといっては何だが、非業の最期を遂げたわけではない。

 しかし、藩主・板倉勝静公が幕閣となり、老中に任じられ、藩主の顧問として幕政に参画したことにより、鳥羽伏見の戦い以後の戊辰戦争では、幕府方として、備中松山城を、征討軍に開城する憂き目に逢うが、無事になし終えた。また、藩主勝静公を救い出すことにも成功するのである。

 備中松山藩は有名な貧乏藩で、10万両(今でいえば約650億円)の借金を抱え、利子の返済もままならない状況にあった。

 その立て直しを7年で行い、逆に10万両の余剰金を生み出した山田方谷の手腕は全国に鳴り響き、このとき、越中の河井継之助が、藩政改革を学ぶために訪れている。

 
 この財政再建の方策は、今こそ政治家たちがこぞって学ばなければならないと思うのだが、いかがなものだろうか。

 具体的なポイントとしては以下の6つとなる。

 1、人心を正す

 2、風俗を敦くする

 3、役人の汚職をなくす

 4、人民が倒れ死ぬ原因を調査する

 5、文教を振興する

 6、軍備を拡張する

 今の日本政府に、このうちの一つでも成し遂げることができるだろうか。


 今回学ぶ中で、「至誠惻怛」(しせいそくだつ)という言葉が心に残った。

 「誠を尽くして人を思いやる心」、という意味だそうだ。

 
 

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2009/04/19

日本の原点、「古事記」

 古事記の勉強会をしよう、という話しが出てから、もう3ヶ月もたつだろうか。

 一向に始まらない中、何冊か本を読み、特に宣長の「古事記伝」(岩波文庫)を読み返している。

 鈴木三重吉の「古事記物語」が復刊されているのも、たまたま書店で見つけて知った。購入したが、分かりやすく上品な国語で書かれている。

 国語、という言葉が忌避され、日本語、という言葉に置き換えられる傾向があるが、これは意図的な「国」外しに他ならない。

 三上章氏の伝記を読んだが、この異色の文学者の業績はともかくも、近代国家を建設したことまでを、「欧米追随」と言い切ってしまう書き手の能天気ぶりがばかばかしく感じた。そして、「国語」から解放し「日本語」にしなければならないという得手勝手な主張にはあきれ返るばかりだ。

 「日本語学科」「日本文学科」

 それが、「進歩」的なのだと信じているおめでたさは度し難いものがある。

 「日本語が滅びるとき」という本が出たが、誠に弱弱しいことだ。

 「日本語の逆襲」という本こそ、出されるべきであり、一生かけて闘い抜く気概さえないのだろう。

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2008/12/05

貞明皇后神祇御歌  その7

61、遠つ祖のいさをも見えて岩戸ひらき出でます光仰ぐうれしさ

62、み光はかがやきそめぬ天の原とよあし原の中つ国まで

63、日の神のひろき恵にうるほひて荒べる神の心やはらぐ

64、むらぎもの心にかかる雲もなし御裳裾川のながれ汲みてば

65、つたへ聞く天の岩戸も偲ばれて暁きよし伊勢の神垣

66、天の戸はのどかにあけて神路山杉の青葉に日影さす見ゆ

67、かぎりなき世を照らします天津日の光にまさる光あらめや

68、日の光よろづの物をやしなひて限り知られぬ恵なりけり

69、神風の伊勢の浜荻まねかねど慕ひよるらし四方の国々

70、大神はあはれみ給ひ彼方よりみ手をのばして迎へましけり

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貞明皇后神祇御歌  その6

51、千万のこと定めますみ心は限りしられぬ恵みなるらむ

52、朝夕に心やすまぬ我が身こそ神の油断をいましむるなれ

53、言の葉につらねかねたる我がこころ神知りませよ神知りまさむ

54、み光を仰がむ山は道遠し幾年ふともわれ進みとげむ

55、うるはしき神のみ心むつみ合ひてこの現世は成りいでにけり

56、あなかしこ神のいませば大八嶋たえず光はかがやきにけり

57、皇神の大み心をむねとしてつたへ来にけりあきつしま人

58、なつかしむ心によりて平らかに安くたもたば神いでまさむ

59、八百万の神のたたへし一笑ひ世のよろこびのもとにてあるらし

60、日のみ影さし出でましし喜びにます喜びはあらじとぞ思ふ

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